夜中に植物が喋り出すとしたら、あなたは信じるだろうか。
狭い部屋の片隅で、世界を変える革命が始まるとしたら。
そして、その革命の主役が、誰とも繋がりたくないと願った一人の女性だとしたら。
第1章:入居初日と、しゃべる鉢植え
青葉荘一階の角部屋は、まるで時が止まったような古い匂いがした。
楠木ひよりは段ボール箱を床に置きながら、六畳半の部屋を見回した。壁紙は黄ばんでいるし、畳の縁は擦り切れている。それでも、家賃二万八千円という破格の安さに、彼女は飛びついていた。
「……まあ、こんなもんか」
ぼそりと呟きながら、ひよりは窓を開けた。五月の終わりの風が、湿った空気とともに部屋に流れ込む。新緑の匂いと、どこか懐かしいような土の香りが混じっていた。
大学を中退してから半年。母の死から立ち直れずにいたひよりは、人との繋がりを断ち切ることで自分を守ろうとしていた。友人からの連絡も無視し、アルバイト先の古道具屋でも最低限の会話しかしない。そんな生活を続けるうちに、いつしか孤独は彼女にとって安全な檻のようなものになっていた。
部屋の隅に、小さな観葉植物の鉢植えがぽつんと置かれているのに気づいたのは、荷物を片付け終わった夜のことだった。
「前の住人の忘れ物かな」
トクサという札が付いたその植物は、細い茎がまっすぐに伸びた、地味で目立たない種類だった。捨てるのも忍びなく、ひよりはそのまま窓際に置いておくことにした。
夜が更け、部屋の明かりを消してベッドに横になったとき、それは起こった。
「ようやく来たか」
低く、しわがれた声が暗闇から聞こえてきた。ひよりは飛び起きて電気をつけた。部屋には誰もいない。幻聴だろうか。
「こっちだ」
声の方向を見ると、窓際の鉢植えが微かに揺れていた。いや、揺れているのではない。小さな根のような足で、鉢の中から立ち上がろうとしていた。
「は?」
ひよりは目を擦った。疲れているのだろう。母の死以来、ときどき現実と夢の境目が曖昧になることがあった。
「驚くのも無理はない。わしは数十年ぶりに言葉を発しているのだからな」
鉢植えは確かに喋っていた。トクサと名乗るその植物は、夜の間だけ自由に動き回れるのだという。
「お前の名前は?」
「楠木ひより、だけど…これ、夢よね?」
「夢だと思いたいなら、そう思っていればいい。だが、わしには大切な話がある」
トクサは鉢の縁に身を乗り出すようにして、ひよりを見つめた。
「この6畳半は、かつて世界の端だった。ここから全てが始まり、ここで全てが終わることもある。わしは長い間、その鍵を守ってきた」
「世界の端って、何それ」
「お前に革命を託す」
あまりにも唐突な言葉に、ひよりは思わず笑ってしまった。
「革命って、私が?こんな狭い部屋で?」
「最も小さな場所から、最も大きな変化が生まれる。それが革命というものだ」
トクサの言葉は、妙に説得力があった。でも、ひよりはそれを受け入れることができなかった。きっと、孤独すぎて幻覚を見ているのだ。そう思うことで、彼女は自分を保とうとした。
第2章:"内側"のほころび
翌朝、ひよりが目を覚ましたとき、トクサはただの植物に戻っていた。やはり夢だったのだろう。そう思いながらも、彼女はトクサに向かって「おはよう」と声をかけてみた。当然、返事はない。
古道具屋でのアルバイトを終えて部屋に戻ると、ひよりは段ボールに入ったままの本を整理し始めた。母の形見でもある古い文学全集を本棚に並べていると、本棚の奥の壁に小さな亀裂のようなものを見つけた。
「なにこれ」
よく見ると、それは、亀裂ではなく"扉の形"をした細い隙間だった。壁紙が剥がれたのかと思って指で触れてみると、隙間は音もなく開いた。
向こう側には、同じ6畳半の部屋が広がっていた。でも、何かが違う。家具の配置は同じなのに、窓の外の景色が、どこか"ずれて"いた。本棚に並んだ本のタイトルも、どこか記憶と食い違っている。
「怖がることはない」
振り返ると、トクサがいつの間にか鉢から出て、ひよりの足元にいた。昼間だというのに、彼は動いて喋っていた。
「ここは心の奥の写し鏡だ。お前の記憶と願望が混じり合って作られた空間」
「私の?」
「人は誰でも、見たくない現実と向き合うために、心の中に別の部屋を作る。お前のその部屋が、物理的な形を取っただけのことだ」
隙間の向こうの部屋では、本棚に並んだ本が全て、ひよりが読みたかったけれど読まずにいた本だった。大学で学んでいた文学の専門書。母と一緒に読むはずだった小説。友人に薦められて、けれど人間関係を断った後で読む気になれなかった本。
「世界は6畳半から崩れることも、始まることもある」
トクサの言葉が、ひよりの胸に響いた。
「お前は今、自分だけの世界に閉じこもっているつもりだろう。だが、本当は違う。お前は世界を恐れているだけだ」
「恐れてなんかいない」
「ならば、なぜ母親が死んだ時に、誰にも頼らなかった?なぜ友人からの連絡を断った?」
ひよりは答えることができなかった。母の死は、彼女にとって初めて経験する本当の喪失だった。その痛みがあまりにも大きくて、誰かに慰められることすら怖くなっていた。
「人と繋がるということは、いつか失うかもしれないということでもある。でも、その恐れが、お前を"ほんとうの孤独"にしているのだ」
第3章:世界革命会議、開催
その夜、トクサに導かれて、ひよりは隙間の向こうの部屋に足を踏み入れた。部屋の中央には、いつの間にか小さな円卓が置かれていた。
「6畳半の世界革命会議を開催する」
トクサの呼びかけに応じて、次々と参加者が現れた。この部屋の前の住人だった老人の影。迷い込んだ野良猫。壁の隙間から顔を出す、誰かの記憶の断片。そして、ひより自身の子供の頃の姿も、隅の方にぼんやりと立っていた。
「革命とは何か」トクサが議題を口にした。
老人の影が答えた。「世界をひっくり返すことじゃ」
猫が鳴いた。「にゃあ。違うにゃ。自分の見方を変えることにゃ」
子供の頃のひよりが小さな声で言った。「怖くても、手を伸ばすこと」
「そうだ」トクサが頷いた。「革命とは、外の世界を変えることではない。自分の内側から始まる、視点の更新なのだ」
ひよりは円卓を見回した。ここにいるのは、みんな孤独を抱えた存在たちだった。でも、その孤独を分かち合うことで、彼らは繋がっていた。
「私、本当は」ひよりの声が震えた。「一人でいるのが好きなんじゃなくて、傷つくのが怖いだけだった」
子供の頃のひよりが、現在の彼女の手を取った。
「お母さんが死んじゃったとき、みんなが心配してくれたけど、その優しさが重たくて。私なんかのために悲しんでくれるのが、申し訳なくて」
老人の影が優しく微笑んだ。「人の優しさを受け取るのも、勇気がいることじゃからな」
猫が鳴いた。「でも、一人でいると、にゃんだか寂しいにゃ」
トクサが言った。「お前は、この6畳半で一人の世界を作り上げた。でも、その世界に、他の誰かが入ってくる余地を残しておくことはできるのではないか?」
ひよりは頷いた。完全に心を閉ざすのではなく、扉に小さな隙間を作っておく。それが、彼女なりの革命だった。
会議が終わると、参加者たちは一人ずつ消えていった。最後に子供の頃のひよりが、現在の彼女に言った。
「お母さんはね、あなたが幸せになることを願ってるよ。一人でも、みんなとでも、どっちでもいいから」
そして、すべてが静寂に包まれた。
第4章:6畳半、そしてその先へ
朝日が部屋に差し込んで、ひよりは目を覚ました。隙間の向こうの部屋は消えていて、壁は何事もなかったように元通りになっていた。
トクサを探すと、鉢植えは窓際にあったが、もう動くことはなかった。ただの植物に戻っていた。でも、土の表面に小さなメモが置かれているのを見つけた。
『世界は、少し広くなったね。— T』
ひよりは微笑んだ。夢だったのかもしれないし、現実だったのかもしれない。でも、そんなことはもうどうでもよかった。大切なのは、彼女の心に小さな変化が起きたということだった。
机の上に置いてあったノートパソコンを開くと、未読メッセージの通知が点滅していた。大学時代の友人、麻衣からのメッセージが三通。読まずにいたものだった。
『ひより、元気?最近返事がないから心配してる』
『今度、新しくできたカフェに行かない?無理しなくていいから』
『いつでも連絡待ってるね』
ひよりは少し迷ってから、返信を打ち始めた。
『麻衣、ごめん。返事遅くなって。少し、整理したいことがあって。もしよかったら、今度会えるかな?』
送信ボタンを押した瞬間、胸の奥で何かが軽くなったような気がした。
その後、ひよりは窓を開けた。六月を前にした風が、部屋の中をゆっくりと通り抜けていく。不思議なことに、風の匂いがちょっと変わったような気がした。新緑の香りに、どこか遠くの海の匂いがまじっていた。まるで、世界がほんの少しだけ広がったみたいに。
トクサの鉢植えを窓際に置き直しながら、ひよりは小さく呟いた。
「ありがとう」
6畳半の部屋は相変わらず狭くて古かった。でも、その狭い空間が、今は檻ではなく、新しい世界への出発点のように思えた。
革命は、こんなふうに静かに始まるものなのかもしれない。誰にも気づかれることなく、でも確実に、一人の人間の内側から。
窓の外では、新しい季節が始まろうとしていた。
おわり
最後まで読んで頂いて有難うございました。
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