短編小説｜フトアゴヒゲトカゲと僕

朝の光が、今日も静かに僕の部屋を照らす。
窓の外の空は高く、世界はいつもどおり動き出している。
そんな日常の片隅で、小さな命と僕の物語は続いていく。

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1章. 朝、フトアゴヒゲトカゲと僕

朝の通勤電車。車窓を流れる景色をぼんやり眺めていると、ついフトアゴヒゲトカゲのフトシのことを思い出してしまう。
「そういえば、今朝はコオロギちゃんと食べてたかな…」

僕は28歳、都内の会社で事務職をしている。周りの同僚たちはカフェでモーニングを楽しみ、休日には彼女や友人とアウトドアに出かけたりしているみたいだけど、僕はちょっと違う。
家に帰れば、ケージの中からじっとこちらを見つめる、トゲトゲのフトアゴヒゲトカゲが待っている。

電車の中は、みんなそれぞれの人生を背負っているような顔をしているけれど、僕はフトシの朝ごはんの心配で頭がいっぱいだ。
「サラリーマンなのに、毎朝フトアゴの食事と温度管理で一騒動だよな…」
ふと苦笑いしつつ、僕はポケットからスマホを取り出し、フトシの写真を眺める。

ケージの中で首をかしげているフトシ。
「おはよう」って言いたげな、まん丸の目がなんとも愛おしい。
通勤途中でも、フトシのことを考えている自分が少し可笑しい。

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2章. フトアゴと暮らし始めた日々

フトシと出会ったのは5年前。
仕事でちょっとしたミスをして落ち込んでいた休日、何気なく立ち寄ったペットショップで彼に出会った。

ガラスケースの中、他の生き物たちに埋もれて、妙におっとりとした顔で、こっちをじーっと見つめているフトアゴヒゲトカゲ。
「…なんだこいつ」
僕はその不思議な風貌に一目で惹かれてしまった。

店員さんに聞くと、「温度管理が大事で、エサは生きたコオロギと野菜、あとは紫外線ライトも必要です」とのこと。
当時の僕には少しハードルが高く感じたけど、フトシのまったりした目に「連れて帰れよ」と言われたような気がした。

思い切ってお迎えしたその日から、僕の生活はガラリと変わった。

まずはヒーターとライト。
ペットショップで「これも必要です」「あれも大事です」と言われるがままに買い揃え、レジの合計額を見て、内心「…結構、いくな」と冷や汗をかく。

それでも、新しい家に来てからのフトシは案外堂々としていた。
慣れない環境のはずなのに、夜には温かい石の上で丸くなり、朝になると僕の顔を見て首を傾げる。

「これから、よろしくな」
フトシに話しかけると、目を細めてじっと見返してきた。

あのときの、ほんの少しだけ寂しさが紛れた気持ちは、今も時々思い出す。

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3章. 社会人とフトアゴの日常

フトシとの生活は楽しいことばかりじゃない。
社会人生活と爬虫類飼育、なかなか両立は難しい。

フトアゴのご飯はコオロギ、小松菜、時々パプリカやバナナ。
でもコオロギは冷蔵庫に入れられないし、飼育も意外と手がかかる。

毎月の電気代も地味に上がる。
ヒーターもライトも24時間。フトシのためなら、仕方ない。

給料日、銀行ATMでおろしたお金を数えながら思う。
「今月も、フトシのコオロギ代でけっこう飛ぶな…」

僕の昼ごはんはカップラーメン、フトシのご飯はコオロギと小松菜。
でも、仕事でクタクタになって帰ってきて、ケージの中から首をかしげるフトシの姿を見ると、不思議と疲れがふっと消える。

旅行？
あんまり考えたことがない。
出かけてもフトシの世話が気になるし、結局「早く帰りたいな」と思ってしまう。

たまに友達に「よく続くね」と呆れられるけれど、フトシの顔を見ていると「こいつがいるから、まぁいいか」と思えてしまう。

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4章. 朝の小さな幸せ

朝はいつもバタバタしている。

スマホのアラームで目覚めると、まずフトシのケージをチェック。
ヒーターの温度は大丈夫か、ライトは点いているか、湿度は？
小松菜を刻んで、コオロギをそっとケージに入れる。

フトシはいつものように無表情（に見える）で、じっとこっちを見ている。

「はい、ご飯だよ」
エサを差し出すと、ちょっとだけ首を動かしてパクリ。

ふと、そんな自分をふり返る。

「もしかして、これ俺の方が世話されてるんじゃないか？」
思わず笑ってしまう。

バタバタと支度をしていると、フトシと目が合う。
ケージ越しに、何か言いたそうな、でもやっぱり何も言わない。

「行ってくるね」と声をかけると、フトシはじっとそのまま。
だけど、僕にはちゃんと「いってらっしゃい」と言ってくれているような気がする。

通勤電車の中でフトシの写真を見返して、
「今日も特に何もない一日になりそうだけど、まぁ悪くないな」と思う。

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5章. 週末のひとときと、ささやかな幸せ

週末になると、フトシと過ごす時間がぐっと増える。

まずはケージの掃除。
床材を交換し、水入れを洗って、新しい小松菜とコオロギを用意する。

日光浴が好きなフトシのために、天気のいい日はベランダにケージごと移動させてやる。
太陽の下、のんびりと身体を温めているフトシを見ると、こちらまで心がぽかぽかしてくる。

フトシにコオロギを手渡しであげると、器用にパクリ。
「美味しいか？」と声をかけると、フトシは相変わらず無表情だけど、なんとなく嬉しそうに見える。

友達が海外旅行に行ったとか、同僚が高級レストランで食事をしたとか、
そんな話を聞いても不思議と羨ましくない。

僕はフトシとこうして過ごす週末が、一番贅沢だと思うから。

フトシは窓際の陽だまりの中で、ゆっくりと目を閉じて眠り始める。

その姿を見ていると、不思議と「また明日も頑張ろう」と思えるのだ。

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「じゃ、明日もがんばるか。」

フトシの寝息を聞きながら、僕も窓の外の空を見上げる。

明日も、きっといい日になる。
そう思えるのは、フトシがそばにいてくれるからだ。

おわり

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最後まで読んで頂いて有難うございました。

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