第1章:冷蔵庫と納豆と彼女の笑い声
朝の七時、冷蔵庫を開けるたびに僕は笑ってしまう。
牛乳パックは縦一列に整然と並び、卵はケースにきっちり収まり、野菜は種類別に整理されている。そして、その美しい秩序の中に、まるで隕石のように納豆パックがひっくり返って突っ込まれている。
「またか」
思わず口元が緩む。結婚して三年、毎朝この光景を見ているのに、未だに慣れない。というより、慣れたくない。この絶妙な違和感が、なぜか心地よいのだ。
「おはよー」
背後から妻の声が聞こえる。振り返ると、寝起きの髪をボサボサにした美咲が、片足でバランスを取りながらパジャマのズボンを履いている。なぜリビングで着替えるのか、三年経っても謎だ。
「納豆、また逆さまになってるよ」
「えー、そうだっけ?」
美咲は首をかしげながら冷蔵庫を覗き込む。明らかにわざとやってるくせに、毎回この反応だ。
「どっちが上でどっちが下なんて、そんなに重要?」
「重要だよ。パッケージのデザインには意味がある。製造者の意図を尊重すべきだ」
「うわー、また始まった。納豆学講座」
美咲はけらけらと笑いながら冷蔵庫から納豆を取り出し、今度はわざと横向きに置く。
「これならどう?」
「それはそれで斬新だな」
僕たちはお見合いアプリで知り合った。プロフィール写真を見た瞬間、「絶対に合わない」と確信した。彼女の写真はどれも構図がめちゃくちゃで、背景に洗濯物が写り込んでいた。一方、僕のプロフィールは完璧にセッティングされた写真ばかり。撮影に二時間かけた自信作だった。
初デートは銀座のカフェ。僕は三十分前に到着し、角度を計算して席を確保した。美咲は十五分遅れてやってきて、いきなり言った。
「あ、ごめん。道に迷った。GPSって信用できないよね」
「えーと、銀座って基本的に碁盤の目状になってるから、迷うのは難しいんですけど」
「そうなの?でも私、東西南北がよくわからなくて」
その時の美咲の屈託のない笑顔を見て、なぜか大笑いしてしまった。こんなに違う人がいるなんて、逆に面白い。
「コーヒーにします?」
「あ、メニュー見てもいい?えーっと、これは何?カフェ・アフォガート?」
「アイスクリームにエスプレッソをかけた…」
「それ!それにする!」
午後二時にアイスクリームを注文する大胆さに、また笑ってしまった。
今朝の納豆を見ながら、あの日のことを思い出す。違いすぎて逆に面白い。この三年間、一度もつまらないと思ったことがない。
「ねえ、今日何食べたい?」
「朝から晩飯の話?」
「だって考えてると楽しいじゃん。あ、そうだ。今度イタリアン作ってみない?」
「君が?」
美咲の料理は毎回アドベンチャーだ。レシピを見ずに感覚で作るので、同じ料理が二度と作れない。
「何その顔。失礼な」
「いや、楽しみにしてるよ」
本当にそう思う。美咲の料理は確かに予測不可能だが、それが何ともいえない魅力なのだ。僕の几帳面さと美咲の自由奔放さ。水と油だが、なぜか混ざり合って新しい何かになる。
「じゃあ、買い物リスト作る?」
「作らない。その場で決める」
「でも効率を考えると…」
「効率より、わくわくが大事でしょ?」
美咲はそう言って、またにっこりと笑った。
第2章:おそろいの喧嘩
「これが今度の旅行プランです」
僕は二十ページにわたる詳細なスケジュール表を美咲に差し出した。出発時刻から帰着予定時刻まで、十五分刻みで綿密に計画されている。
「うわあ、すごい」
美咲は感心したような、呆れたような声を出した。
「移動時間も考慮してるし、雨の場合の代替プランも用意してある。効率的に回れるよ」
「でもさ、旅行って予想外の出会いが楽しいんじゃない?」
「予想外は非効率だよ。時間を無駄にする可能性が高い」
「無駄な時間って何?」
またこの議論だ。美咲にとって無駄な時間など存在しない。道に迷うのも、予定にない店に入るのも、すべて「発見」なのだそうだ。
「例えば、待ち時間とか」
「待ってる間にも何か面白いことがあるかもよ?隣の人と話したり、街の音を聞いたり」
「君は電車の遅延すら楽しんでるもんな」
「だって仕方ないじゃん。イライラしても電車は早くならないし」
確かにその通りだ。美咲はどんな状況でも楽しみを見つける天才だった。
「わかった。じゃあ、一日だけフリータイムを作る」
「本当?」
「ただし、ホテルの朝食時間は厳守で」
「わかったわかった。朝食は八時でしょ?」
翌週、僕たちは京都にいた。計画通りに清水寺を参拝し、昼食も予約したレストランで取った。そして午後二時、フリータイムの開始だ。
「どこ行く?」
「あっちの小道、気になる」
美咲が指差したのは、観光地図にも載っていない細い路地だった。
「あそこには何もないよ」
「だからいいの」
結局、僕たちはその路地を歩き始めた。五分ほど歩くと、小さな陶器屋を発見した。
「わあ、可愛い湯呑み」
美咲は店の奥で何やら店主と盛り上がっている。聞こえてくるのは、この湯呑みの作り方や、京都の陶器の歴史についての話だった。
「この方、とても詳しくていらっしゃるの」
店主のおばあさんが僕に話しかけてきた。
「妻が陶器に興味があるとは知りませんでした」
「今、初めて知ったのよ」
美咲が振り返って笑った。
その後、僕たちは一時間以上その店にいた。おばあさんは奥から様々な陶器を持ち出し、それぞれの特徴を説明してくれた。美咲は子供のように目を輝かせて聞いていた。
「結局、予定より一時間オーバーしたね」
帰り道、僕は苦笑いした。
「でも楽しかったでしょ?」
「まあ、悪くはなかった」
実際、あの陶器屋での時間は充実していた。ガイドブックには載っていない、本物の京都に触れられた気がした。
「ねえ、明日もフリータイム作らない?」
「君は調子に乗るからダメ」
「えー、ケチ」
「ケチじゃない。計画性の問題だ」
また言い合いが始まった。でも、これが僕たちの日常だ。価値観が違うから喧嘩になる。でも、その喧嘩すら楽しい。
「あのね、私は効率とか計画とかより、その瞬間を楽しみたいの」
「それはわかるけど、準備があってこそ楽しめることもあるんだよ」
「でも準備ばっかりしてると、目の前のものを見逃しちゃう」
確かにそうかもしれない。今日も僕は陶器屋のことは全く知らなかった。でも美咲は直感的にその価値を見抜いた。
「わかった。明日も少しフリータイムを作る」
「本当?」
「ただし、君も少しは計画の重要性を認めて」
「認める認める。あなたの計画のおかげで、美味しいレストランに行けたし」
美咲はそう言って僕の腕に抱きついた。
「あなたが正しい。でも私が好きなのは『正しくない』ほう」
その言葉に、なぜかドキッとした。僕が几帳面で正しいことをするのも、美咲が自由で予測不可能なのも、どちらも間違いじゃない。ただ、違うだけなのだ。
ホテルに戻る途中、美咲が急に立ち止まった。
「あ、お月見団子!買ってく?」
「今?夕食前だよ」
「でも今食べたいの」
僕は時計を見た。夕食まであと一時間。でも、美咲の「今食べたい」という気持ちを優先することにした。
「一個だけね」
「やったー!」
違いがあるから面白い。それが僕たちの合言葉だった。
第3章:うちの夫婦、バラバラでまとまってます
「で、君たちは離婚するの?しないの?」
美咲は遠慮のない質問を友人の恵理に投げかけた。僕はコーヒーカップを持つ手を止めて、恵理の答えを待った。
「うーん、まだ決めかねてる」
恵理は疲れた表情で答えた。隣に座る夫の健太も浮かない顔をしている。
「価値観が合わないって、どういう部分?」
「全部」
健太が短く答えた。
「お金の使い方、子育ての方針、休日の過ごし方、将来設計、食事の好み、もう全部違うんです」
「それは大変だね」
僕は相槌を打った。確かに、価値観の相違は夫婦にとって深刻な問題だ。
「でも、あなたたちはうまくいってるじゃない?価値観、全然違うのに」
恵理が僕たちを見て言った。
「私たちは違うのが当たり前だと思ってるから、楽なんだよ」
美咲がさらりと答えた。
「当たり前?」
「だって、育った環境も性格も違う人間なんだから、価値観が違って当然でしょ?」
「でも、夫婦なら同じ価値観を共有すべきじゃない?」
恵理の質問に、美咲は首を振った。
「なんで?違うからこそ面白いのに」
僕は美咲の言葉を聞きながら、改めて考えた。確かに僕たちは価値観が違う。でも、それが問題だと思ったことはない。むしろ、違いがあるからこそ、毎日が新鮮なのだ。
「具体的にはどう違うの?」
健太が興味深そうに身を乗り出した。
「えーっと、私は朝起きたらまず音楽をかけるけど、この人は静寂を好む」
「君は食事中でも音楽をかけるからね」
「料理するときは歌うし」
「隣近所に聞こえるくらい大きな声で」
僕たちの掛け合いを見て、恵理と健太は苦笑いした。
「でも、それでストレスにならない?」
「最初はね」
僕は正直に答えた。
「美咲の自由奔放さに戸惑うこともあった。でも、だんだん面白くなってきた」
「私も最初は、この人の几帳面さに息が詰まりそうだった」
美咲が続けた。
「でも、今はその几帳面さに助けられてる。私一人だったら、絶対に破綻してる」
「君一人だったら、税金の支払いを忘れて大変なことになってただろうね」
「それは言わない約束でしょ」
美咲は頬を膨らませた。
「でも、どうやって価値観の違いを乗り越えるの?」
恵理が真剣な顔で尋ねた。
「乗り越えるっていうか…」
美咲は少し考えてから答えた。
「違いを楽しむようになったの。この人がきっちりしてるから、私は安心して適当でいられる。私が適当だから、この人は几帳面さの価値を実感できる」
「補完し合ってるってこと?」
「そう!一人だと欠けてる部分を、相手が埋めてくれる」
僕はその通りだと思った。美咲がいなかったら、僕は計画通りに物事を進めることしかできない。美咲がいるからこそ、予想外の楽しみを知ることができた。
「でも、喧嘩もするでしょ?」
「しょっちゅう」
僕は苦笑いした。
「価値観が違うから、意見も違う。でも、その喧嘩も含めて楽しいんです」
「喧嘩が楽しい?」
健太が不思議そうな顔をした。
「だって、相手の考えを知ることができるから」
美咲が説明した。
「この人がなんでそんなにきっちりしたいのか、私がなんでそんなに自由でいたいのか、喧嘩するたびに理解が深まる」
「なるほど…」
恵理は考え込んだ。
「私たちは違いを受け入れるんじゃなくて、相手を変えようとしてた」
「そりゃあ疲れるよ」
美咲があっけらかんと言った。
「人を変えるなんて無理。自分を変えるのだって大変なのに」
「じゃあ、どうすればいいの?」
「違いを楽しめばいいのよ」
そう言って美咲は立ち上がった。
「私、お手洗い行ってくる」
美咲が席を離れると、恵理が僕に向かって言った。
「美咲ちゃん、すごいね。そんなふうに考えたことなかった」
「僕も最初は戸惑いました。でも、美咲といると、自分では思いつかない発想に出会える。それが面白いんです」
「羨ましいな」
健太がぽつりと言った。
「僕たちも、違いを楽しめるようになるかな」
「きっとなれますよ」
僕は確信を持って答えた。
「最初は違いにイライラするかもしれませんが、その違いこそが相手の魅力だと気づけば、きっと楽しくなります」
美咲が戻ってきて、何やら小さな包みを取り出した。
「お店の人にもらった飴」
「勝手にもらってきたの?」
「可愛いお客さんだねって言われた」
呆れながらも、僕は笑ってしまった。これが美咲だ。どこでも人と仲良くなってしまう。僕にはできない芸当だ。
「ほら、また始まった」
美咲が僕たちを見て笑った。
「うちの夫婦、バラバラでまとまってるでしょ?」
確かにその通りだった。
第4章:会えない時間の価値観
「一人旅?」
僕は朝食のトーストを持つ手を止めた。
「うん。今度の連休、温泉に行ってみたいの」
「一緒に行けばいいじゃないか」
「たまには一人の時間も必要でしょ?」
美咲はいつものように納豆をかき混ぜながら言った。相変わらず時計回りに五十回。僕は反時計回りに三十回派だ。
「どこの温泉?」
「まだ決めてない。電車に乗って、気になった駅で降りる」
「それじゃあ宿の予約は?」
「現地で探す」
典型的な美咲スタイルだった。計画なし、予約なし、行き当たりばったり。
「万が一泊まる場所がなかったら?」
「そのときはそのとき。野宿も悪くない」
「野宿って君…」
僕は額に手を当てた。美咲の自由奔放さには慣れたつもりだったが、一人旅となると心配になる。
「大丈夫よ。私、意外にたくましいから」
確かにその通りだ。美咲は見た目に反して行動力がある。初めて会った人ともすぐに打ち解けるし、どんな状況でもなんとかしてしまう。
「じゃあ、せめて携帯は常に充電しておいて」
「わかった」
「それと、一日に一回は連絡を」
「わかったわかった」
結局、僕は美咲の一人旅を了承した。結婚してから、僕たちが一週間も離れるのは初めてだった。
出発の朝、僕は美咲を駅まで送った。
「本当に大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。あなたは心配性すぎるの」
「でも、もし何かあったら…」
「何かあったら連絡する。それより、あなたも一人の時間を楽しみなさい」
美咲はそう言って電車に乗り込んだ。窓越しに手を振る美咲を見送りながら、僕は妙な不安を感じていた。
家に帰ると、いつもの生活が始まった。朝は七時に起床、コーヒーを入れて新聞を読む。昼は近所の定食屋で済ませ、夜は八時に夕食。すべてが計画通りに進んだ。
でも、なんだか物足りない。
冷蔵庫を開けると、牛乳パックが整然と並んでいる。納豆もきちんと正しい向きで入っている。これが本来の姿なのに、なぜか寂しく感じる。
「変だな」
僕は冷蔵庫を閉めながらつぶやいた。
夜、美咲から電話があった。
「今、どこにいると思う?」
「わからない。温泉?」
「大正解!でも、どこの温泉でしょう?」
「さあ…草津?」
「ブブー。群馬県の小さな温泉街。名前も知らないようなところ」
美咲の声は弾んでいた。楽しそうで何よりだ。
「今日は何をしたの?」
「朝起きたら、なんとなく北に向かう電車に乗って、気になった駅で降りたの。そしたらバスの運転手さんが『温泉があるよ』って教えてくれて」
「それで?」
「小さな旅館を見つけて、女将さんと仲良くなって、今夜は特別に一人鍋をご馳走になることになった」
相変わらずの美咲だった。知らない土地でも、すぐに人とのつながりを作ってしまう。
「楽しそうだね」
「すごく楽しい!でも…」
美咲の声が少し小さくなった。
「でも?」
「あなたがいないと、感動を分かち合う人がいないのが寂しい」
その言葉に、僕の胸が温かくなった。
「僕も君がいないと、なんだか調子が狂う」
「そう?でも一人の時間も大切よ?」
「そうかもしれないけど、君がいない冷蔵庫は完璧すぎてつまらない」
「冷蔵庫で私を思い出すなんて、ロマンチックじゃないわね」
美咲は笑った。でも、本当にそうなのだ。逆さまの納豆を見るたびに、美咲の存在を実感していたのだ。
翌日も美咲から電話があった。今度は海辺の街にいるらしい。
「今日は漁師さんと話したの。この辺りで一番美味しい魚の話を聞いて、市場で刺身を買って、宿で食べた」
「それは良かった」
「でも、やっぱりあなたと一緒に食べたかった」
電話を切った後、僕は考えた。美咲がいない一週間で、僕は改めて彼女の存在の大きさを実感していた。
違いがあることの面白さは、相手がいてこそ成り立つ。一人では、ただの個性でしかない。美咲の自由奔放さも、僕の几帳面さも、お互いがいるからこそ際立つのだ。
四日目の夜、美咲から電話がなかった。
心配になって、僕から電話をかけた。
「もしもし?」
美咲の声が少しかすれていた。
「どうしたの?風邪?」
「ちょっと疲れちゃった。でも大丈夫」
「どこにいるの?」
「山奥の小さな村。今日は歩きすぎたみたい」
美咲の声に元気がないのが心配だった。
「無理しないで、早く休んで」
「うん、そうする」
電話を切った後、僕は眠れなかった。美咲は大丈夫だと言ったが、何か様子がおかしかった。
一人の時間も大切だが、やはり大切な人と一緒にいることの価値の方が大きい。そう思わずにはいられなかった。
第5章:すれ違いの、ちょっと涙
翌朝、美咲から電話がなかった。昼になっても、夕方になっても連絡がない。僕は仕事が手につかなかった。
夜の八時、ようやく美咲から電話があった。
「ごめん、携帯の充電が切れてた」
「大丈夫なの?昨日は疲れてるようだったけど」
「実は、ちょっと熱が出ちゃって」
僕の心臓が止まりそうになった。
「熱?どのくらい?」
「三十八度くらい。でも、もう下がってきてる」
「今どこにいるの?」
「小さな温泉旅館。女将さんが看病してくれてる」
「すぐに迎えに行く」
「そんな大げさな。明日には元気になってるよ」
「いや、今から向かう。場所を教えて」
僕は有無を言わさず、美咲に旅館の住所を聞いた。車で三時間の距離だった。
「本当に来るの?」
「当たり前だ」
深夜、僕は美咲のいる温泉旅館に到着した。女将さんが出迎えてくれた。
「ご主人ですね。奥様、だいぶ良くなられましたよ」
部屋に入ると、美咲が布団に包まって座っていた。頬が少し赤いが、表情は元気そうだった。
「わざわざ来なくても良かったのに」
「君が倒れたって聞いて、じっとしていられなかった」
「倒れてないよ。ちょっと熱が出ただけ」
美咲は苦笑いした。でも、僕はホッとしていた。実際に美咲の顔を見るまで、最悪の事態を想像してしまっていたのだ。
「疲れたでしょ?一緒に寝る?」
旅館の布団は二組敷いてあった。僕たちは並んで横になった。
「心配かけてごめん」
「いや、僕が心配性すぎるんだ」
電気を消すと、部屋は真っ暗になった。外から虫の声が聞こえてくる。
「あのね」
美咲が静かに話し始めた。
「一人旅、すごく楽しかった。いろんな人に会えたし、いろんな場所を見られた」
「それは良かった」
「でも、美しい景色を見るたびに、あなたにも見せたいって思った」
美咲の声が少し震えていた。
「美味しいものを食べるたびに、あなたの感想を聞きたいって思った」
僕も同じ気持ちだった。
「面白い人に会うたびに、あなたに紹介したいって思った」
「僕も君がいない間、君との会話を思い出してばかりいた」
「そうなの?」
「冷蔵庫を開けるたびに、君の逆さま納豆を探してしまった」
美咲は小さく笑った。
「変な夫婦ね、私たち」
「変だね」
でも、その変さが僕たちらしかった。
「あのね、今回の旅で気づいたことがあるの」
「何?」
「私、一人だと変になれない」
美咲の言葉に、僕はハッとした。
「変になる?」
「そう。あなたがいると、私はもっと自由になれる。もっと自分らしくなれる」
それは僕も同じだった。美咲がいると、僕はもっと几帳面でいられる。もっと自分らしくいられる。
「一緒にいると変になれるのが楽しい」
美咲の声に涙が混じっていた。
「もう会えないかもって思った瞬間があって、すごく怖くなった」
僕も同じだった。美咲と会えなくなることを想像すると、胸が苦しくなった。
「もう一人旅はしない?」
「ううん、またするかも。でも、今度はあなたも一緒の旅がいい」
「君の行き当たりばったりの旅に?」
「そう。あなたの几帳面な計画と、私のいい加減さを混ぜた旅」
それは面白そうだった。計画もあるけど、自由もある旅。
「いいね」
「でも、喧嘩しそう」
「喧嘩してもいいじゃないか。それも含めて旅の思い出だ」
美咲は僕の手を握った。
「ありがとう。迎えに来てくれて」
「当たり前だよ」
違いがあるから面白い。でも、どんなに違っても、大切な人は大切なのだ。価値観が違っても、愛する気持ちは同じなのだ。
朝になって、僕たちは一緒に帰路についた。美咲はすっかり元気になっていた。
「女将さん、ありがとうございました」
「お大事に。また二人でいらしてくださいね」
車の中で、美咲は旅の話をたくさんしてくれた。僕が知らない場所、僕が会ったことのない人たちの話。聞いているだけで、僕も旅をした気分になった。
「今度は一緒に行こう」
「うん。でも、私のやり方とあなたのやり方、どっちにする?」
「両方混ぜよう」
美咲はにっこりと笑った。
価値観が違っても、同じ方向を向いていることに変わりはない。そのことを、改めて実感した旅だった。
第6章:不一致、最高
家に着いた翌朝、僕は冷蔵庫の前で立ち止まった。
整然と並んだ牛乳パック、きちんと収まった卵、種類別に整理された野菜。そして、納豆パックも正しい向きで入っている。完璧な冷蔵庫だった。
でも、何かが足りない。
僕は納豆パックを手に取り、くるりとひっくり返して冷蔵庫に戻した。
「やるじゃん」
背後から美咲の声が聞こえた。振り返ると、寝起きの髪をボサボサにした美咲が立っていた。
「たまには君の真似もしてみようかと思って」
「でも、やっぱり気持ち悪いでしょ?」
「うん、すごく気持ち悪い」
僕たちは顔を見合わせて笑った。
「でも、面白いな」
「そう?」
美咲は嬉しそうに冷蔵庫を覗き込んだ。
「今度は私も、あなたのやり方でやってみる」
「本当に?」
「うん。きっちり並べるの、案外楽しいかも」
朝食を作りながら、僕たちは昨日の旅の話の続きをした。美咲が会った人たち、見た風景、感じたこと。すべてが新鮮で興味深かった。
「あ、そうだ」
美咲が急に手を止めた。
「何?」
「私たち、本を書かない?」
「本?」
「夫婦生活のマニュアル。価値観が違う夫婦のための」
美咲の目が輝いていた。
「タイトルは『価値観の不一致のススメ』」
「面白そうだけど、需要があるかな?」
「あるよ、絶対。だって、価値観の違いで悩んでる夫婦って多いでしょ?」
確かにその通りだ。僕たちの友人の恵理と健太も、価値観の違いで悩んでいた。
「でも、僕たちが模範的な夫婦だとは思えないけど」
「模範的である必要なんてないのよ。私たちらしく書けばいい」
美咲はすっかり乗り気になっていた。
「第一章は『冷蔵庫の納豆から始まる愛』」
「それは恥ずかしすぎる」
「じゃあ『違いを楽しむ技術』」
「それならまだマシかな」
美咲はスマホを取り出して、何やらメモを始めた。
「第二章は『おそろいの喧嘩のススメ』」
「喧嘩をススメるのはどうかと…」
「でも、私たちの喧嘩って建設的でしょ?」
確かにそうだった。僕たちの喧嘩は、お互いを理解するためのコミュニケーションだった。
「第三章は『補完し合う夫婦の秘訣』」
「第四章は?」
「『一人の時間の大切さ』」
昨日の体験が早速活かされている。
「第五章は『心配も愛情の表現』」
「第六章は?」
「『不一致、最高』」
美咲はそう言って、僕を見つめた。
「どう?」
「悪くないかも」
実際、この三年間の経験を振り返ってみると、本一冊分の話はありそうだった。
「でも、本当に書くの?」
「書く書く。絶対に面白い本になる」
美咲の熱意に押されて、僕も乗り気になってきた。
「じゃあ、僕は構成を考えて、君は体験談を整理する?」
「そうね。でも、きっちり分担しすぎないで、混ぜながらやりましょう」
「混ぜながら?」
「あなたが体験談を書いて、私が構成を考える時間も作るの」
それは確かに面白そうだった。僕の几帳面さと美咲の自由さを混ぜた本。
「読者も価値観の違いを楽しめるような本にしよう」
「そうね。違いがあることの面白さを伝えたい」
朝食後、僕たちはダイニングテーブルに向かい合って座った。ノートパソコンとスマホ、それにコーヒーを用意して。
「じゃあ、始めましょうか」
美咲がニコッと笑った。
外から朝の光が差し込んで、ダイニングが明るく照らされている。僕たちの前には新しいプロジェクトが広がっていた。
「価値観の不一致のススメ、か」
僕はタイトルを呟いた。
「いいタイトルでしょ?」
「うん、とてもいい」
価値観の不一致は問題ではない。楽しみの素材なのだ。違いがあるからこそ、毎日が面白い。喧嘩があるからこそ、理解が深まる。心配があるからこそ、愛情を実感できる。
「第一章から書き始める?」
「そうしよう」
僕はパソコンを開いた。画面には真っ白な文書が表示されている。
「朝の七時、冷蔵庫を開けるたびに僕は笑ってしまう」
美咲が提案した書き出しを、僕はキーボードで打ち始めた。
「それ、いいね」
陽の光がダイニングに踊り、僕たちの新しい物語が始まった。価値観の不一致を愛する夫婦の、愛に満ちた指南書が。
違いがあるから面白い。
それが僕たちの合言葉であり、これからも変わらない真実だった。
おわり
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