短編小説｜影を運ぶ猫

誰もが心の奥に、見えない重荷を背負っている。

それは後悔だったり、悲しみだったり、言えずにいる想いだったり。

そんな重荷を、そっと軽くしてくれる小さな存在がいることを、僕はあの日知った。

第一章　猫との出会い

六月の雨は、僕の心みたいにずっと降り続いていた。

中学二年生の僕、田村翔太は、傘を持たずに学校を出てしまったことを後悔していた。でも本当は、それよりも重い後悔が胸にあった。健太との関係がうまくいかなくなって、もう三週間も口をきいていない。

健太は小学校からの親友だった。一緒にゲームをして、一緒に笑って、秘密も共有していた。でも中学に入ってから、何かが変わってしまった。クラスも部活も違って、話す機会が減った。そして、最近の健太は明らかに元気がない。廊下ですれ違っても、下を向いて歩いている。以前なら絶対に声をかけていたのに、今の僕にはその勇気がない。

なぜだろう。親友だったのに、どうしてこんなに話しづらくなってしまったんだろう。

商店街のアーケードで雨宿りをしていると、小さな鳴き声が聞こえた。

「ニャア…」

見ると、軒下に小さな黒猫がうずくまっている。毛はぺたんこに濡れて、小さな体が震えているのがわかった。見ているだけで胸が痛くなる。

「君も雨に降られたのか」

僕が近づくと、猫は警戒する様子もなく僕を見上げて、もう一度小さく鳴いた。その瞳は、なぜか僕と同じように悲しそうに見えた。

その時、息を呑むような光景を見た。

猫の背中に、まるで見えない重い荷物を背負っているかのような、ぼんやりとした黒い影のようなものがあった。それは猫自身の影とは明らかに違う、もっと深くて重たそうな何かだった。まるで誰かの悲しみそのものが、形になって猫の背中にのしかかっているみたいに。

「その重いもの、辛いでしょう」

僕は猫に話しかけていた。猫は僕をじっと見つめて、弱々しく「ニャア」と鳴いた。

僕は猫を抱き上げた。予想より軽かったが、その背中の見えない重荷は、確かに僕の腕にも重さを伝えてきた。それは物理的な重さではなく、心の重さだった。

「一緒に帰ろう」

家に帰ると、母は玄関で僕を見て驚いた。

「あら、翔太、びしょ濡れじゃない。それに、この子は？」

「雨に濡れてたから、とりあえず連れて帰ってきた」

「飼い主がいるかもしれないわね」

でも母は、優しく猫にタオルをかけてくれた。猫は大人しく体を拭かれていた。僕の母は、こういうところが優しい。

「この子、人懐っこいのね」

母が猫を撫でると、猫は気持ちよさそうに目を細めた。その瞬間、母の表情が少し和らいだ気がした。最近、父の仕事が忙しくて、母もストレスを抱えているのが僕にもわかっていた。でも今は、その重たい空気が少しだけ軽くなったような気がする。

夕食の時、父も猫を見て珍しく笑顔を見せた。

「この子、賢そうな顔をしてるな」

父がこんなに穏やかな表情を見せるのは久しぶりだった。最近は帰宅も遅く、帰ってきても疲れた顔で新聞を読んでいるだけだったのに。猫が父の足元にすり寄ると、父の顔がさらに和んだ。

その夜、猫は僕の部屋で眠った。僕がベッドに横になると、猫も隣に丸くなった。

「君の名前、何て言うんだろう」

猫は僕を見つめて、静かに目を細めた。まるで微笑んでいるみたいだった。

「クロでいいかな」

猫は「ニャア」と答えるように鳴いた。

でも僕は気になっていた。クロの背中の重い影のことを。あれは一体何なんだろう。そして、クロがうちに来てから、家族の雰囲気が明らかに変わったのも気になった。

まるでクロが、僕たちの心の重荷を少しずつ背負ってくれているみたいに。

第二章　影を薄める力

翌朝、僕は父の変化に驚いた。

「おはよう、翔太」

父の声が、昨日までとは全然違った。温かくて、優しくて、まるで以前の父に戻ったみたいだった。

「お、おはよう」

父がこんなに穏やかな表情で朝の挨拶をするなんて、本当に久しぶりだった。最近は仕事のストレスで、家でもずっと険しい顔をしていたのに。肩にのしかかっていた重圧が、軽くなったように見える。

クロが父の足元にすり寄ると、父は頬を緩めた。

「この子、本当に人懐っこいな。昨夜はぐっすり眠れたよ」

母も笑顔だった。

「そうなの。私も久しぶりに熟睡できたわ」

家族の朝食が、こんなに温かい雰囲気なのはいつぶりだろう。クロが来てから、まだ一日しか経っていないのに。

でも僕は気づいてしまった。クロの背中の影が、昨日よりも少し濃くなっていることを。

学校でも変化があった。

いつも一人で過ごしている同級生の山田が、休み時間に僕に話しかけてきた。

「田村君、君の家で猫を飼い始めたんだって？」

「うん、昨日拾ったんだ」

「いいなあ。僕も動物好きなんだ。でも、うちのマンションはペット禁止で」

山田の顔が、いつもより明るく見えた。普段の山田は、いつも教室の隅で本を読んでいて、誰とも話さない。でも今日は違う。その背中にいつもある重たい影が、なぜか軽やかに感じられた。

「今度、写真見せてもらえる？」

「うん、いいよ」

山田が僕と話をしているのを見て、他のクラスメイトたちも驚いているようだった。

放課後、僕は健太の姿を探した。昨日よりも、彼が心配になっていた。

健太は、一人で校庭のベンチに座っていた。その後ろ姿を見ただけで、僕の胸が痛んだ。健太の背中には、とても重い影がのしかかっている。以前の健太なら、友達に囲まれて笑っていたはずなのに。

でも僕は、声をかけることができなかった。三週間も話していないのに、今さら何を話せばいいのかわからない。

家に帰ると、母が嬉しそうに報告してくれた。

「クロちゃん、お隣の田中おばさんにもなついてるのよ。おばさん、旦那さんを亡くしてから元気がなかったのに、今日は久しぶりに笑顔を見せてくれたの」

田中おばさんは、半年前に夫を亡くして、それからずっと一人で暮らしている。時々、ベランダで洗濯物を干している姿を見かけるけれど、いつも寂しそうだった。

「クロちゃんが塀の上を歩いていたら、おばさんが『可愛いわね』って声をかけてくれて。それで少し話をしたの。おばさん、『動物がいると心が和むわ』って言ってくれたのよ」

僕はクロを見つめた。クロは僕を見上げて、いつものように静かに鳴いた。でも、その背中の影が、また少し濃くなったような気がした。

夜、一人になった時、僕はクロに話しかけた。

「クロ、君はみんなの心の重いものを、自分が背負ってくれてるの？」

クロは僕をじっと見つめた。その瞳には、深い優しさと、少しの疲れがあった。まるで「気づいてくれたんだね」と言っているみたいに。

「それって、君にとって辛くない？」

クロは僕の手に頭をこすりつけた。温かくて、柔らかくて、でもどこか儚い感じがした。

僕は自分自身の影にも気づいていた。健太との関係がうまくいかなくなって、親友を失ってしまったかもしれないという後悔。それが僕の心に重い影を落としている。

「僕の影も、背負ってくれるの？」

クロは「ニャア」と小さく鳴いて、僕の膝の上に丸くなった。その瞬間、胸の奥にあった重苦しさが、少しだけ軽くなった気がした。

でも同時に、クロの背中の影が、さらに重くなったのも見えた。

第三章　健太の秘密

一週間が過ぎた。クロのおかげで、僕の家族は以前より明るくなった。父は早く帰ってくるようになったし、母も料理をしながら鼻歌を歌っている。近所の田中おばさんも、時々野菜を持って遊びに来るようになった。

でも僕は、クロのことが心配だった。

クロの背中の影は、日に日に濃くなっている。時々、クロが疲れたようにため息をつくのを見ると、胸が締め付けられる。

そんなある日の昼休み、僕は健太が保健室の前で立ち止まっているのを見つけた。

「健太？」

僕が声をかけると、健太は振り返った。その顔は、泣いた後のように赤くなっていた。

「翔太…」

健太の声が震えていた。

「どうしたの？具合悪いの？」

健太は少し迷ってから、口を開いた。

「実は…お母さんが、また体調を崩してるんだ」

僕は驚いた。健太の母さんは、いつも元気で明るい人だった。でも、そういえば最近、健太が元気がないのも、もしかして…

「それで、今度検査入院することになったんだ」

健太の声がさらに小さくなった。

「僕がもっと気づいてあげればよかったって…ずっと後悔してるんだ。お母さん、前から時々体調悪そうにしてる時があったのに、僕は気づかなくて」

健太の肩が震えていた。

「お母さん、僕に心配をかけたくなくて、無理してたんだと思う。でも僕のせいで、症状を見逃してしまったのかもしれない」

僕は健太の背中を見た。そこには、今まで見たことがないほど重い影がのしかかっていた。自分を責める気持ち、大切な人を守れなかった後悔、そして恐怖。それらすべてが混じり合って、健太を押し潰そうとしていた。

「健太、それは君のせいじゃないよ」

「でも…」

「お母さんは、健太のことを一番に考えてくれたから、心配をかけたくなかったんだ。それは愛情だよ」

健太は僕を見つめた。その目には、涙があふれそうになっていた。

「翔太…僕、怖いんだ」

健太の正直な気持ちが、僕の胸に響いた。

その夜、僕はクロに相談した。

「健太を助けてもらえないかな。彼、本当に辛そうなんだ」

クロは僕を見つめて、小さく鳴いた。でも、その時のクロの背中の影は、これまで見たことがないほど重く濃くなっていた。

「クロ、君も限界なんじゃないの？」

クロは首を振るような仕草をした。でも僕には分かっていた。クロは、みんなの重荷を背負いすぎている。

翌日、健太のところに行ったクロを見て、僕は愕然とした。

クロの体が、透けて見えるほど薄くなっていたのだ。

「クロ！」

僕は慌ててクロを抱き上げた。クロは弱々しく鳴いた。その体は、まるで今にも消えてしまいそうなほど頼りなかった。

健太も驚いて駆け寄ってきた。

「この子、大丈夫？」

「健太、この子はクロって言うんだ。僕が拾った猫で」

僕はクロを見つめた。クロは僕を見上げて、力なく「ニャア」と鳴いた。

その時、僕は気づいた。クロは皆の影を背負いすぎて、自分が消えそうになっているのだ。

「だめだよ、そんなに無理しちゃ」

僕は健太に向き直った。

「健太、クロに頼るんじゃなくて、僕たちで話そう」

健太は驚いた顔をした。

「僕も、君と距離ができたことを後悔してたんだ。でも、それを誰かに任せるんじゃなくて、自分たちで向き合わなきゃ」

第四章　向き合う勇気

僕は健太を近くの公園に連れて行った。クロは僕の腕の中で、息も絶え絶えだった。

「健太、君のお母さんのこと、詳しく聞かせて」

ベンチに座って、僕たちは久しぶりにゆっくりと話をした。

健太は、母親の体調不良に気づいていながら、「大丈夫」という母親の言葉を信じてしまったこと。もっと早く病院に行くよう勧めるべきだったという後悔。そして、もし母親に何かあったらどうしようという恐怖。

すべてを話し終えた時、健太の目には涙があふれていた。

「怖いんだ、翔太。お母さんを失うのが」

「うん、怖いよね。でも健太、君は一人じゃない」

僕は健太の手を握った。

「お母さんのこと、一緒に心配しよう。一緒に支えよう。君が全部背負う必要はないんだ」

健太は僕を見つめた。

「翔太…」

「それに、お母さんが無理をしたのは、健太のせいじゃない。お母さんは、健太を愛してるから心配をかけたくなかったんだ。それは健太への愛情の証拠だよ」

健太の肩から力が抜けた。

「そうかな…」

「絶対そうだよ。健太が気づかなかったのを責めるより、今からお母さんを支えることを考えよう」

健太は頷いた。

「ありがとう、翔太。君と話せて良かった」

その瞬間、健太の背中の重い影が、まるで朝霧のように薄くなっていくのが見えた。完全に消えたわけではないけれど、確実に軽くなった。

そして同時に、不思議なことが起こった。

僕の腕の中のクロの体が、だんだん元の濃さを取り戻していくのだ。クロの背中にのしかかっていた重い影も、薄くなっていく。

「クロ！」

クロは元気よく「ニャア」と鳴いて、僕の腕から飛び降りた。そして健太の足元にすり寄った。

「この子、すごいな」

健太もクロを撫でながら言った。

「でも、翔太の言う通りだったよ。誰かに頼るんじゃなくて、自分たちで向き合うことが大切なんだね」

僕は健太を見つめた。

「健太、僕たち、なんで距離ができちゃったんだろう」

「僕も分からない。でも、たぶん僕が家のことで悩んでて、誰にも話せなくて、それで壁を作っちゃったのかも」

「そうか。僕も、何て声をかけていいか分からなくて」

「でも、今は違うよね」

健太が笑った。久しぶりに見る、健太の本当の笑顔だった。

「うん。今度は、何でも話そう」

僕たちは握手をした。小学生の時みたいに。

クロは僕たちを見上げて、嬉しそうに「ニャア」と鳴いた。

第五章　光の正体

それから一ヶ月が過ぎた。

健太の母親の検査結果は、幸い大事には至らなかった。早期発見だったおかげで、治療も順調に進んでいる。健太は以前の明るさを取り戻し、僕たちの友情も前より深くなった。

クロも、以前より元気になった。家族や近所の人たちの心を軽くする力は残っているけれど、今度は無理をしすぎることはなかった。みんなで支え合うことを覚えたからだ。

ある夕方、僕はクロと一緒に夕日を見ていた。

「クロ、君は本当は何者なんだろう」

クロは僕を見上げて、いつものように静かに鳴いた。

その時、夕日がクロを照らして、一瞬だけクロの体が光って見えた。まるで、クロ自身が小さな光の存在であるかのように。黒い毛の奥から、温かな光がにじみ出ているみたいだった。

「もしかして、君は…」

僕の問いかけに、クロは微笑むような表情を見せた。

その夜、僕は不思議な夢を見た。

光に包まれた場所で、たくさんの人や動物が幸せそうに過ごしている夢だった。その中で、クロが他の光る存在たちと一緒にいるのを見た。みんな、とても優しい表情をしている。

「翔太」

夢の中で、クロが僕に話しかけてきた。でも今度は、猫の声ではなく、少年のような優しい声だった。

「僕は、人々の心を癒すためにやってきたんだ」

「クロ…」

「でも、君に教えてもらったよ。一人で背負うんじゃなくて、みんなで支え合うことの大切さを」

クロの姿が、だんだん光に包まれていく。

「だから、僕はもう消えない。君や、君の大切な人たちと一緒にいるから」

「一緒にいる？」

「うん。見えなくなっても、君の心の中で。そして、君が誰かを助ける時、僕も一緒にいる」

夢の中のクロは、とても穏やかな表情をしていた。

「ありがとう、翔太。君が僕を救ってくれた」

「僕が？」

「君が僕に教えてくれたんだ。本当の優しさは、一人で背負うことじゃなくて、一緒に支え合うことだって」

光がどんどん強くなっていく。

「だから僕は、もう影を背負わない。代わりに、君たちが支え合う時の光になる」

第六章　見えない絆

夢から覚めると、クロが僕の枕元で眠っていた。

でも、何かが違っていた。朝になって、家族に話しかけても、誰もクロの姿が見えなくなっていたのだ。

「あれ？クロちゃんはどこ？」

母が首をかしげた。

「ここにいるよ」

僕がクロを指差しても、母には見えないようだった。

クロは僕にだけ見える存在になったのだ。でも、それで寂しいとは思わなかった。

クロは僕の心の中で、いつも寄り添ってくれている。友達や家族と過ごす時も、一人で悩む時も、いつもそばにいてくれる。

学校で困っている人を見つけた時、僕はクロのことを思い出す。そして、その人に声をかける勇気をもらう。

「一緒に頑張ろう」

そう言える自分になれたのは、クロが教えてくれたからだ。

健太とは、前より深い友情で結ばれている。お互いの悩みを分かち合い、支え合うことができるようになった。健太の母親の体調も順調に回復していて、健太の笑顔も戻った。

山田とも友達になった。彼が一人でいる理由を聞いてみると、実は人と話すのが苦手なだけで、友達が欲しくないわけじゃなかった。今では、僕と健太と山田の三人で、よく一緒に過ごしている。

クロが見えるのは僕だけになったけれど、クロの温かさは確かに感じている。クロは僕の肩に乗ったり、膝の上で丸くなったり、以前と変わらず僕と過ごしてくれている。

そして僕は知っている。本当の光は、誰かと分かち合う優しさの中にあることを。

一人で重荷を背負う必要はない。みんなで少しずつ分け合えば、どんな重い影も軽くなる。そして、支え合うことで生まれる温かさは、どんな光よりも明るく、心を照らしてくれる。

クロが運んでいた影は、もうない。

代わりに、僕たちの心には、温かな光が宿っている。

支え合う人たちの間に生まれる、小さくても確かな光が。

今日も、クロは僕のそばにいる。見えるのは僕だけかもしれないけれど、クロの存在は確かだ。雨の日も、晴れの日も、クロは僕と一緒にいる。

そして僕は、今日も誰かの心に寄り添っていこう。クロが教えてくれたように。

エピローグ　光の記憶

一年後の六月。また雨の季節がやってきた。

僕は高校一年生になり、健太や山田とは違う学校に通うことになった。でも僕たちの友情は変わらない。毎週末には集まって、お互いの近況を報告し合っている。

健太の母親は完全に回復し、家族の絆はより深くなった。山田は新しい学校で友達もできて、明るくなった。僕も新しい環境で、たくさんの人と出会っている。

クロは相変わらず、僕にだけ見える。でも時々、クロが他の人にも何かを伝えているような気がする。

新しいクラスで、一人でいることが多い女の子がいる。彼女の背中にも、重い影がのしかかっているのが見える。

「一緒にお弁当食べない？」

僕が声をかけると、彼女は驚いたような顔をした。

「え、いいの？」

「もちろん。一人で食べるより、誰かと食べる方が美味しいよ」

彼女が微笑んだ時、その影が少し軽くなったのが見えた。

クロは僕の肩で、満足そうに「ニャア」と鳴いた。

家に帰ると、新しい出来事があった。お隣の田中おばさんが、小さな白い子猫を抱いていた。

「この子、朝から鳴いてたのよ。どうやら迷子みたい」

僕は子猫を見つめた。その背中には、クロと同じような影は見えない。でも、とても人懐っこくて、愛らしい子猫だった。

「飼ってみない？」

田中おばさんが提案してくれた。

「でも、僕にはもうクロがいるから」

僕がクロを見ると、クロは子猫の方を見て、優しく鳴いた。まるで「この子も家族にしてあげて」と言っているみたいに。

「シロって名前はどうかな」

僕が提案すると、子猫は「ニャー」と元気よく鳴いた。

その夜、クロとシロは一緒に僕の部屋で眠った。家族にはシロしか見えないけれど、僕にはクロも見える。二匹が寄り添って眠っている姿を見ていると、心が温かくなった。

「クロ、君がいてくれて本当に良かった」

僕がそう呟くと、クロは幸せそうに目を細めた。

窓の外では、雨が静かに降っている。でも僕の心は、もう雨に濡れていない。

クロと一緒に歩んできた一年間で、僕は学んだ。

本当の優しさとは、一人で重荷を背負うことではなく、一緒に支え合うこと。

本当の光とは、誰かと分かち合う温かさの中にあること。

そして、大切な人との絆は、たとえ目に見えなくても、永遠に続いていくということを。

クロは今も僕のそばにいる。これからもずっと、僕と一緒に歩んでくれるだろう。

新しい出会いも、古い友情も、すべてを大切にしながら。

雨音が優しい子守歌のように響く中、僕とクロとシロは、静かに眠りについた。

明日もまた、誰かの心に寄り添っていこう。

クロが教えてくれた、本当の優しさを胸に抱いて。

おわり

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