青白いモニターの光だけが、閉ざされた部屋の時間を刻んでいる。
名前を呼ばれることも、声をかけられることもない。けれど、孤独は静かに満ちていった。
第1章:壁の中の光
白い画面から伸びる青白い光が、ユウの顔を照らしていた。
「お疲れ様です。では、修正した資料を週明けまでにお願いします」
アイコン越しの取引先の声を聞きながら、ユウは無意識に頷いた。カメラはオフにしている。声だけで十分だ。いや、できればチャットだけで済ませたかった。
「了解しました。月曜の午前中までには」
そう返事をして、ミーティングを終了。スクリーン上の小さな顔たちが一斉に消えた。部屋に静寂が戻る。ユウは深く息を吐いた。
三十七歳。フリーランスのエンジニアとして、もう七年。最初の頃は都内のコワーキングスペースに通っていたが、コロナ禍以降、完全に在宅ワークになった。効率が良かった。人と対面するストレスがなくなり、余計な気遣いも不要になった。
立ち上がって背筋を伸ばす。窓の外は、晴れた金曜日の午後を示していた。マンションの一室からは、遠くに小さな公園が見える。そこで子供たちが走り回っている様子が、動く点のように見えた。
冷蔵庫を開け、昨日注文した総菜弁当を取り出す。電子レンジのボタンを押し、温まるのを待つ間、スマホを取り出した。反射的に指が動き、タイムラインをスクロールする。
同業者の投稿。友人の旅行写真。知らない人のリツイート。どれも他人の世界の切り取られた一部だ。「いいね」を数回押して、存在を示す。でも、自分からは何も投稿しない。何を書けばいいのかわからない。いや、書きたいことがあっても、それを誰かに見せたいとは思わない。
電子レンジが音を鳴らした。
夕食を食べながら、YouTubeで新しいプログラミング言語のチュートリアルを流し見る。情報は頭に入らない。ただ、誰かの声が部屋に存在するという安心感だけを得るために再生している。
食事を終えると、再びパソコンの前に座る。趣味のゲームを起動する。オンラインで見知らぬプレイヤーと協力しながら、仮想の世界で敵を倒していく。ヘッドセットを通して、時折若い声が聞こえる。皆、ゲーム内の作戦だけを話し、個人的な会話はほとんどない。それでもユウは「チームの一員」として役割を果たし、ちょっとした充足感を得る。
深夜になって、ようやくパソコンを閉じる。ベッドに横になりながら、またスマホを手に取る。最後のSNSチェックが日課だった。
明日は何をする予定もない土曜日。スーパーに行くか。それとも完全に部屋で過ごすか。考えるだけで疲れた。
「別に人と話さなくても何とかなる」
暗闇の中で、自分に言い聞かせるように呟いた。その言葉が部屋に吸い込まれていくのを感じながら、ユウは目を閉じた。
第2章:タイムラインの外側
土曜の朝は、いつもより遅く起きた。雨の音で目が覚めた。窓の外は灰色一色に染まっていて、雨粒がガラスをつたい落ちていく。
「まぁ、出かける予定もなかったし」
ユウはコーヒーを淹れながら、そう自分に言い聞かせた。キッチンに立ったまま、スマホを開く。タイムラインを眺めるのが日課だ。スクロールする指が止まった。
「#おはようございます」
たったそれだけの投稿。プロフィール画像は薄いピンク色の花のアイコン。ハンドルネームは「さつき」となっている。フォロー数は少なく、フォロワーも少ない。投稿を見ても特に面白いわけでも、ためになるわけでもない。ただ「おはようございます」と書かれているだけ。
なぜか気になって、プロフィールを開いてみる。特に詳しい情報はない。「日常の小さな幸せを大切にしたい」というシンプルな自己紹介文があるだけだ。過去の投稿を見てみると、ほぼ毎日同じように「#おはようございます」と投稿している。時々、空や花の写真が添えられていることもある。
「なんでこんな投稿をするんだろう」
ユウは首を傾げた。「いいね」も少なく、リプライもほとんどない。でも、毎日続けている。誰に向けて発信しているのだろうか。
コーヒーを飲み終え、仕事用のパソコンを開く。本当は休みのはずだが、昨日の取引先の案件が気になっていた。少し先行して作業を進めておこう。
数時間没頭して、ようやく一区切りついた頃、ふとスマホを手に取る。また同じようにタイムラインをスクロールしていると、さつきの投稿が目に入った。
「今日は雨だけど、窓際でホットチョコレート飲んでます。皆さんも良い週末を」
添付された写真には、窓辺に置かれたマグカップと、その向こうに映る雨の景色。特別なものではないのに、なぜか温かみを感じる一枚だった。
「いいね」を押そうとして、ユウは指を止めた。なぜだろう。こんな何気ない投稿に「いいね」を押すのが、急に恥ずかしく感じた。結局、スマホを置いて、再び仕事に戻った。
次の日も、そして次の週も、ユウはさつきの投稿をこっそりチェックするようになっていた。他の華やかな投稿や情報量の多い投稿は素通りしても、さつきの「#おはようございます」だけは見逃さないようになっていた。
彼女の投稿には何の変哲もない。でも、その変わらなさが、どこか安心感を与えてくれる。毎朝、誰かが「おはよう」と言ってくれているような錯覚。それが、少しだけユウの孤独を和らげていた。
第3章:ドアは開いている
火曜日の深夜、ユウは頭を抱えていた。今日提出した大事なプロジェクトの資料に、致命的なミスがあったのだ。数値の入力ミスで、取引先からは厳しい指摘を受けた。すぐに修正版を送ったが、信頼を損なったことは間違いない。
「どうして気づかなかったんだ...」
パソコンの画面を閉じて、ソファに身を投げ出す。こんな時、普通なら誰かに愚痴るものだろう。でも、ユウには連絡できる相手がいなかった。親しい友人との関係は、いつの間にか年賀状だけのものになっていた。家族とは月に一度、義務的な電話をする程度。
スマホを手に取り、反射的にSNSを開く。流れてくる他人の投稿が、より一層自分の孤独を際立たせるようで、胸が締め付けられる感覚があった。
そして、また彼女の投稿が目に入った。
「今夜は満月です。皆さんにとって穏やかな夜になりますように。#おやすみなさい」
添付された写真には、窓から見える大きな月。ユウの窓からも、同じ月が見えるはずだった。カーテンを開けて確認すると、確かにそこにあった。丸く輝く月が、夜空に浮かんでいる。
なぜか、その瞬間に堪えきれなくなった。ユウはSNSのリプライボックスをタップし、生まれて初めてさつきに返信を書いた。
「今日、少しつらいです」
送信ボタンを押した後、すぐに後悔が襲った。なぜ見知らぬ人にこんなことを書いたのか。しかも、初めての交流がこんな弱音とは。恥ずかしさで顔が熱くなる。
スマホを置こうとした時、通知音が鳴った。さつきからの返信だった。
「つらいときは、お茶でも飲んで、ゆっくり呼吸してね。月はいつも見守ってくれていますよ」
シンプルな返事。でも、その言葉に何か温かいものを感じた。特別な励ましでも、解決策でもない。それでも、見知らぬ誰かが、自分の「つらい」に応えてくれたという事実が、不思議と救いになった。
「ありがとうございます。月、見てみます」
そう返信して、本当に窓際に立ち、月を見上げた。同じ月を誰かと共有している。それだけのことなのに、少し心が軽くなった気がした。
次の朝、ユウはいつもより早く目覚めた。スマホを手に取ると、もうさつきの「#おはようございます」が投稿されていた。今日は青空の写真が添えられている。
少し迷った後、ユウはまたリプライを送った。
「おはようございます。今日はいい天気ですね」
数分後、返信が来た。
「ユウさん、おはようございます!今日も一日、穏やかに過ごせますように」
名前を呼ばれたことに、小さな驚きと喜びを感じた。そうか、リプライすれば自分のハンドルネームは相手に見えるんだ。当たり前のことなのに、久しく忘れていた感覚だった。
それからのユウの朝は、少しだけ変わった。まず、さつきの「おはよう」投稿を確認し、短いリプライを送る。それに対する彼女の返信が、一日の始まりとなった。
対面ではない。声を聞くわけでもない。それでも、朝の挨拶を交わす相手ができただけで、日常に小さな潤いが生まれた。
第4章:仮想の向こうの声
それから数週間、ユウとさつきのやり取りは少しずつ増えていった。最初は朝の挨拶だけだったのが、互いの日常の一部を共有するようになっていた。
「今日のランチは何にしますか?」
「昨日見た映画、面白かったです」
「この本、おすすめです」
どれも些細な会話。それでも、毎日少しずつ交わされる言葉が、互いを知るための小さなピースとなっていった。
ユウはさつきについて、少しずつ情報を集めていた。三十代前半らしいこと。書店で働いていること。一人暮らしで、読書と散歩が好きなこと。でも、それ以上の個人情報は、お互いに聞かなかった。
不思議と、それで十分だった。むしろ、詳しく知らないからこそ、気楽に話せる部分があった。画面の向こうの「さつき」という存在が、ユウの閉じた世界に小さな窓を開けてくれていた。
ある日の夜、仕事を終えたユウはいつものようにスマホを開き、さつきとのダイレクトメッセージを確認した。以前より長めのメッセージが届いていた。
「ユウさん、最近思うんです。私たち、もう二ヶ月近くやり取りしてますよね。色々なことを話してきて、不思議と気が合うなぁと感じています。もし良かったら...会ってみませんか?」
画面を見つめるユウの手が震えた。「会う」という言葉に、急に現実感が押し寄せてきた。
今まで、ユウは「繋がっている」という感覚だけで満足していた。画面の向こうの誰かと言葉を交わし、日常を共有する。それだけで十分だと思っていた。いや、むしろそれが心地よかった。リアルで会えば、相手は自分の表情や仕草、声のトーンまで見ることになる。そんな「丸見え」の状態で、対面するなんて...。
返信のキーボードに指を置いたまま、ユウは動けなくなった。断ろうか。「ネットだけの関係でいいですよね」と言おうか。でも、そんな言葉を送れば、今の関係すら壊れてしまうかもしれない。
結局、その夜はこう返した。
「突然で驚きました。ちょっと考えさせてください」
さつきの返事は早かった。
「もちろん。無理にとは思っていません。考えてみてください」
その優しさに、かえって申し訳なさを感じた。なぜ自分はこんなに臆病になっているのだろう。単にカフェで会うだけなのに。普通の人なら、喜んで承諾するはずだ。
それからの数日間、ユウはさつきとの会話を続けながらも、「会う」という提案について考え続けた。恐怖の正体は何なのか。人に失望したくない気持ち? 自分を見られるのが怖い感覚? それとも単に、慣れない社会的交流へのストレス?
結局のところ、自分は「閉じた世界」に安住していることに気づいた。そして、その閉鎖性が、いつの間にか自分自身を締め付けていたのだ。
第5章:出口のない部屋
週末の朝、ユウはベッドから出られなかった。決めなければならない。さつきに会うか、断るか。
窓の外は曇り空。雨がぽつりと落ち始めていた。
スマホを手に取り、彼女の最新の投稿を見る。「#おはようございます 今日は雨の予報。傘を忘れずに」
いつもの穏やかなトーン。なぜか、その普通さに救われる気がした。
ユウは自分の部屋を見回した。清潔ではあるが、個性のない空間。壁には何も飾っていない。本棚には技術書だけが並ぶ。趣味らしい趣味のものも、思い出の品も見当たらない。まるで、自分がここに「住んでいる」のではなく、一時的に「滞在している」かのようだった。
そして気づいた。自分はいつの間にか、物理的にも精神的にも「閉鎖世界」に閉じこもっていたのだ。外との接点は、仕事のオンラインミーティングとSNS。それだけで何年も過ごしてきた。
パソコンの前に座り、部屋の中で完結する日々。それは安全だった。予測可能だった。でも同時に、息苦しさも感じていた。それに気づかないふりをしていただけだ。
ベッドから起き上がり、リビングの窓に近づく。雨が強くなり、ガラスを激しく打ち付けている。その音が、自分の心臓の鼓動のように感じられた。
「リアルは面倒だ」
自分に言い聞かせてきた言葉。でも、それは本音ではなかった。本当は、「怖い」という感情を「面倒」という言葉で覆い隠していただけだ。人との関わりに傷ついた過去。期待して裏切られた経験。それらから身を守るために、自ら壁を築いていた。
スマホを開き、さつきへのメッセージを書き始める。
「考えていました。正直、人と会うのは久しぶりで緊張します。でも...」
文章を消して、書き直す。
「会いたいです。でも、少し怖いです」
また消して、深呼吸をする。素直になろう。
「会ってみたいです。来週の土曜日、午後はいかがでしょうか」
送信ボタンを押した瞬間、心臓が跳ねた。もう取り消せない。返事を待つ数分間が、異常に長く感じられた。
通知音が鳴り、メッセージが届いた。
「ありがとうございます。土曜日、15時に新宿の『カフェ・ハーモニー』ではどうでしょう。静かな場所です」
返事を見て、ユウは小さく頷いた。そして、初めて気づいた。自分の部屋は閉じた世界かもしれないが、ドアは自分で開けることができるのだ。
第6章:雨の日の駅前
土曜日。約束の時間が近づくにつれ、ユウの不安は増していった。
朝から何度も服を着替え、鏡の前で表情を確認する。笑顔は作り物に見えないか。話し方は不自然じゃないか。そもそも、何を話せばいいのか。
結局、シンプルな紺色のシャツとジーンズという無難な服装に落ち着いた。時計を見る。出発の時間だ。
玄関に立ち、深呼吸をする。扉を開け、久しぶりに外の世界へと一歩を踏み出した。
電車の中で、ユウは窓の景色を眺めていた。建物や人々が流れていく。みんな当たり前のように外出し、誰かと会い、話している。自分だけが「社会不適合者」になってしまったような感覚があった。
新宿駅に着いた頃、空は暗く曇っていた。そして、駅を出た瞬間、雨が降り始めた。傘を持ってきていたユウは、それを広げた。雨の中、地図アプリを頼りに目的地へと向かう。
カフェに近づくにつれ、足取りが重くなった。まだ引き返せる。「急用ができた」とメッセージを送れば...。そんな考えが頭をよぎる。でも、足は前に進み続けた。
そして、カフェの前に立った。ガラス越しに中を覗くと、半分ほど席が埋まっている。どの顔も知らない。さつきの姿も見当たらない。時計を見ると、まだ10分前だった。
雨足が強くなり、視界が滲む。一瞬、全てを諦めて帰りたくなった。そのとき、
「ユウさんですか?」
声がした。振り返ると、傘を差した女性が立っていた。黒髪のボブカットに、薄いピンクのワンピース。写真やアイコンではなく、生身の人間が、そこに立っていた。
「さつき...さん?」
彼女は小さく頷き、穏やかに微笑んだ。その表情には何の誇張も演出もなかった。ネット上の飾られた笑顔ではなく、少し緊張した、でも優しい微笑み。それが不思議と、ユウの緊張を和らげた。
「雨、強くなってきましたね。中に入りましょうか」
さつきの声は、想像していたよりも少し低く、落ち着いたトーンだった。ユウは無言で頷き、彼女の後に続いてカフェに入った。
第7章:やさしいノイズ
窓際の席に案内され、二人は向かい合って座った。注文を済ませ、最初の数分間は気まずい沈黙が流れた。ユウは何を話せばいいのか分からず、カップを見つめるだけだった。
「緊張してますか?」
さつきが静かに尋ねた。
「少し...いや、かなり」
正直に答えると、彼女は小さく笑った。
「私も実は緊張してるんです。SNSと違って、リアルタイムで反応しなきゃいけないから」
その言葉に、ユウは少し安心した。自分だけが不安なわけではないのだ。
コーヒーが運ばれてきて、二人は同時にカップに手を伸ばした。そして、少しずつ会話が始まった。最初は天気や通勤のことなど、表面的な話題。でも、時間が経つにつれ、徐々に本音が混ざり始めた。
「実は毎日の『おはよう』投稿、最初は自分のために始めたんです」
さつきが言った。
「自分のために?」
「はい。私も、人と直接会うのが苦手で...。でも、一日の始まりに誰かと挨拶を交わしたいという気持ちがあって。だから自分から『おはよう』って言い続けました」
ユウはその言葉に共感を覚えた。
「なぜあの投稿を続けていたんですか?」と、勇気を出して聞いてみた。
さつきはコーヒーをゆっくり飲んでから答えた。
「私も、誰かに"おはよう"って言ってほしかったから」
シンプルな答え。でも、その言葉にユウは胸が締め付けられる感覚を覚えた。自分と同じ孤独を感じていた人がいた。しかも、彼女はその孤独に対して、自ら行動を起こしていたのだ。
「ユウさんの返信が来た時、すごく嬉しかったんです」
彼女の言葉に、ユウは少し恥ずかしさを感じた。
「でも、最初の返信は『つらいです』だったんですよね」
「それでも嬉しかった。誰かが私の投稿を見て、何かを感じてくれたということが」
窓の外では雨が続いていた。カフェの中は、静かな音楽と、周りの客の小さな会話で満たされている。その「ノイズ」が、不思議と心地よく感じられた。完全な静寂でも、大きな騒音でもない。人の存在を感じる、程よい音量。
話すうちに、二人は似た部分が多いことに気づいた。本や映画の趣味。静かな場所が好きなこと。でも、さつきは少しずつ自分の殻を破る努力をしていた。書店での仕事も、最初は緊張したけれど、今では楽しめるようになったと話す。
「一人でいるのは、悪いことじゃないと思います」
彼女は言った。
「でも、時々、誰かと『実感』を共有できると、世界がより鮮やかに見えるんです」
その言葉が、ユウの心に深く響いた。実感。それは画面越しでは得られない何か。今この瞬間、雨音を聞きながら、温かいコーヒーを飲み、目の前の人と言葉を交わす。その全てが「実感」だった。
カフェを出る頃には、雨は小降りになっていた。二人は駅まで一緒に歩いた。別れ際、さつきはこう言った。
「また会えますか?」
ユウは迷わず答えた。
「はい、ぜひ」
帰りの電車の中で、ユウは窓に映る自分の顔を見た。表情が、いつもと少し違う気がした。
第8章:閉鎖世界の外側
それから一ヶ月、ユウの生活は大きくは変わらなかった。相変わらずリモートで仕事をし、一人の時間が多い。
でも、週に一度、誰かと「会う」日ができた。さつきとは、カフェや図書館、時には静かな公園でも会うようになった。毎回会うたびに、少しずつお互いのことを知り、少しずつ心の距離が縮まっていく。
オンラインでのやり取りも続いていた。むしろ、実際に会うようになってから、メッセージのやり取りはより自然に、より深くなった。ユウは、ネットの向こうにいる「さつき」と、目の前にいる「さつきさん」が、同じ人間だということを実感できるようになった。
そして、それは自分自身にも言えることに気づいた。画面の向こうの「ユウ」と現実の「ユウ」が、少しずつ統合されていく感覚。
ある朝、いつものように目覚めたユウは、スマホを手に取った。さつきの投稿を確認する前に、自分のアカウントを開いた。そして、長い間何も投稿していなかった自分のタイムラインに、こう書き込んだ。
「#おはようございます」
数分後、通知が鳴った。さつきからのリプライだ。
「おはよう。素敵な一日になりますように」
シンプルなメッセージ。でも、その言葉に温かさを感じた。スマホを置き、窓を開ける。朝の光が部屋に差し込んできた。
「やっと外に出た気がする」
ユウは小さくつぶやいた。
それは物理的な外出のことだけではなく、自分が作り上げた閉鎖的な世界から、一歩踏み出したという実感だった。世界はまだ広く、理解しきれないことだらけだ。人との関係も、時に難しく、傷つくこともあるだろう。
それでも、閉じた部屋の中だけでは感じられない何かが、外にはある。接続だけではなく、つながりがある場所。
ユウは深く息を吸い込んだ。新鮮な朝の空気が、肺いっぱいに広がる。
閉鎖世界の外側で、新しい一日が始まっていた。
(おわり)
おわり
終わりに最後まで読んで頂いて有難うございました。
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