短編小説｜本日人類は絶滅しました

世界が静寂に包まれた朝、私は最後の人間として目を覚ました。

誰もいない街で、誰にも見られることなく、私は人類の終わりを見届けることになる。

そして、その静寂の中で、私は生命の尊さと、存在することの意味を知るのだった。

第一章　目覚めと世界の静寂
第二章　自由と孤独のはざまで
第三章　世界の真実と決断の兆し
第四章　決断と静かな幕引き

第一章　目覚めと世界の静寂

いつものように目覚ましが鳴って、私は目を覚ました。

午前七時。平凡な月曜日の朝のはずだった。

ベッドサイドのスマートフォンを手に取ると、画面には何の通知もない。LINEも、メールも、SNSの通知も、一つもない。昨夜は確かに友人からのメッセージがあったはずなのに。

「おかしいな」

独り言を呟きながら、私は身支度を整えた。

玄関を出ると、いつもなら聞こえるはずの生活音が一切しない。隣の家の奥さんが洗濯物を干す音も、向かいの家の子供の声も、通りを歩く人の足音も。

街全体が、まるで時が止まったかのように静まり返っていた。

駅に向かう道すがら、私は異変に気づいた。いつもなら通勤ラッシュで賑わう時間帯なのに、歩いている人が一人もいない。車も走っていない。信号だけが、誰もいない交差点で律儀に色を変えている。

「何これ…」

コンビニの前で立ち止まった。自動ドアは開いたが、中には店員がいない。レジカウンターには誰もいない。BGMだけが虚しく流れている。

私は恐る恐る店内に入った。商品は整然と並んでいる。何も荒らされた様子はない。ただ、人だけがいない。

水のペットボトルを手に取って、レジに向かった。しかし、誰もいない。お金を払おうにも、払う相手がいない。

「すみません」

声をかけてみたが、返事はない。

「誰か、いませんか」

店の奥に向かって叫んでみたが、やはり反応はない。

私は水のボトルを持ったまま、店を出た。本来なら万引きになるはずだが、咎める人がいない。

街を歩き続けた。家々の窓は閉まっていて、中の様子は見えない。でも、人の気配が全くしない。まるで、この世界から人間だけが消え去ってしまったかのように。

携帯電話で友人に電話をかけてみた。呼び出し音は鳴るが、誰も出ない。家族にかけても同じだった。

「まさか…」

私の頭に、恐ろしい考えが浮かんだ。

もしかして、私以外の人間が、すべて消えてしまったのではないか。

第二章　自由と孤独のはざまで

最初は信じられなかった。

これは夢に違いない。そう思って、頬を思い切りつねってみた。痛い。現実だった。

スーパーマーケットに入ると、そこにも人はいなかった。商品は豊富に並んでいる。私は菓子パンを手に取って、その場で食べてみた。

誰にも咎められない。

「やった！」

最初は、その開放感に興奮した。お金を払わずに何でも手に入る。誰にも文句を言われない。好きなものを好きなだけ食べることができる。

私は子供のように、スーパー中を駆け回った。高級な肉、普段は手が出ないスイーツ、憧れのブランドのワイン。すべてが私のものだった。

夕方になると、高級ホテルに向かった。フロントには誰もいないが、エレベーターも部屋の鍵も正常に機能している。最上階のスイートルームに入った。

「すげぇ…」

これまで見たこともない豪華な部屋だった。大きなベッド、最高級の家具、窓からは街が一望できる。

夜になって、私は初めて静寂の重さを感じた。

ホテルの部屋で一人、高級なディナーを食べていると、急に胸が苦しくなった。美味しいはずの料理が、味気なく感じられる。

「誰か…いないのか」

私は窓の外を見つめた。街の明かりは灯っているが、人影は見えない。まるでゴーストタウンのようだった。

テレビをつけてみたが、どのチャンネルも砂嵐か、録画された番組が流れているだけだった。ニュースも更新されていない。

携帯電話のSNSを見ても、最後の投稿は昨日の夜で止まっている。

私は一人、豪華なベッドに横になった。こんなに贅沢な環境にいるのに、心は満たされない。むしろ、空虚感が胸を支配していた。

「誰でもいいから…誰かいてくれ」

天井を見つめながら、私は呟いた。

自由を手に入れたはずなのに、なぜこんなに寂しいのだろう。何でも手に入るのに、なぜこんなに満たされないのだろう。

人間は、一人では生きていけない生き物なのかもしれない。

第三章　世界の真実と決断の兆し

三日が過ぎた。

私は街を歩き回り、答えを探していた。図書館、役所、研究所。どこに行っても人はいないが、建物や設備は正常に機能している。

市立図書館で、私は古い資料を調べていた。何か手がかりがあるかもしれない。そう思って、地下の資料室まで足を伸ばした。

埃をかぶった古いファイルの中で、私は奇妙なノートを見つけた。

表紙には「観測者プロジェクト」と書かれている。

震える手でページを開くと、そこには信じがたい内容が記されていた。

『人類は既に数年前に絶滅している。現在存在しているのは、最後の観測者である君だけだ。君の役割は、この世界を観測し、記録し、そして次の段階への扉を開くことである』

私は椅子から立ち上がれなくなった。

『君が見ている現実は、君の記憶と認識によって維持されている仮想世界だ。しかし、それは決して偽物ではない。君の想いと記憶によって、人類の最後の証が保たれているのだ』

ページをめくると、さらに衝撃的な内容が続いていた。

『君が決断する時が来れば、君は知ることになる。人類の記憶と愛を、次の生命体に託すかどうかを』

私は冷たい床に崩れ落ちた。

これが真実だとしたら、私が経験している孤独も、この三日間の出来事も、すべて意味のあることなのか。私は人類最後の証人として、この世界を体験しているのか。

涙が頬を伝った。

私以外の人間が、もうこの世界にいないという現実が、ようやく心の底から理解できた。友人も、家族も、恋人も、すべて失われてしまった。

でも、彼らの記憶は私の中に生きている。彼らと過ごした時間、交わした言葉、共有した想い。それらすべてが、私という最後の観測者の中に保たれている。

「僕が…人類最後の…」

声が震えた。

その時、机の上に小さなスイッチがあることに気づいた。いつからそこにあったのかはわからない。でも、それが何を意味するのかは、なぜか理解できた。

これが、次の段階への扉を開くスイッチなのだ。

第四章　決断と静かな幕引き

夜が明けた。

私は屋上に立っていた。手のひらには、あの小さなスイッチを握りしめている。

街を見下ろすと、朝日が建物を照らしている。美しい光景だった。人がいなくても、世界は美しい。

でも、人がいてこそ、この美しさには意味がある。

私は思い出していた。幼い頃の家族との時間。学生時代の友人たちとの笑い声。初恋の人との甘い記憶。職場の同僚たちとの何気ない会話。

すべてが愛おしかった。

人類は確かに存在していた。愛し合い、争い、笑い、泣き、夢を見て、希望を抱いて生きていた。その証が、今、私の中にある。

「みんな…ありがとう」

私は空に向かって言った。

「君たちと一緒に生きることができて、本当に良かった」

スイッチを見つめる。これを押せば、人類の記憶と愛が、次の生命体に受け継がれるのだろう。新しい知的生命が、私たちの築いた文明と想いを受け取って、さらに美しい世界を作っていくのかもしれない。

「誰も見ていないけど、誰かがきっと見ている」

私は微笑んだ。

宇宙のどこかで、新しい生命が生まれようとしている。彼らが私たちと同じように愛し合い、夢を見て、希望を抱いて生きていけるように。

私は人類最後の贈り物を、彼らに託そう。

「さようなら、そして、ありがとう」

朝日が私を包んだ。

私は静かにスイッチを押した。

世界が光に包まれていく。私の中にある人類のすべての記憶、すべての愛が、光となって宇宙に広がっていく。

最後に私が見たのは、遠い星で生まれたばかりの新しい生命が、初めて空を見上げている光景だった。その瞳には、私たちと同じ好奇心と愛が宿っていた。

人類は絶滅した。

でも、人類の心は永遠に受け継がれていく。

新しい生命たちによって、愛という名の奇跡が、また始まろうとしていた。

私は満足して目を閉じた。

一人ではなかった。私は、人類すべてと共にこの瞬間を迎えていたのだ。

『本日人類は絶滅しました。しかし、愛は永遠に続いていきます』

おわり

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