岡田誠は、毎朝同じ景色の中を走り抜けていた。
家族の笑顔も、自分の疲れも、どこか遠くに置き去りにしたまま。
気づけば、心の声だけが、追いつけずに取り残されていた。
第一章 朝焼けの街を走る
岡田誠は午前五時半に目を覚ました。枕元のスマートフォンが無音で光る。昨夜の残業で帰宅したのは午前二時。三時間半の睡眠。これが最近の日常だった。
ベッドサイドから静かに起き上がり、隣で眠る妻の美咲を見つめる。四十歳になったとは思えないほど、安らかな寝顔だった。
「今日も頑張らないと」
小さく呟いて、誠は洗面所に向かった。鏡に映る自分の顔は、疲労で少しやつれている。目の下にクマができ、頬もこけて見えた。でも、そんなことより今日のスケジュールが気になる。
九時からクライアントとの会議。十一時から新人の研修。午後は来月のプロジェクトの企画書作成。夕方には部下の柴田との面談が入っている。
シャワーを浴びながら、頭の中でスケジュールを整理する。家族のことも考えなければ。息子の蓮は今度の土曜日に運動会がある。美咲は最近、何か言いたそうな表情をしていた。でも今は仕事のことで手一杯だ。後で時間ができたら、ゆっくり話を聞こう。
朝食の準備をする音が台所から聞こえてきた。美咲が起きたようだ。誠は急いで身支度を整えた。
リビングに行くと、美咲がコーヒーを淹れてくれていた。
「おはよう。今日も早いのね」
「ああ、大事な会議があるんだ」
「蓮も起きてくるから、少し待たない?」
誠は時計を見た。六時二十分。予定より少し遅れている。
「ごめん、急いでるんだ。蓮によろしく伝えて」
美咲の顔が曇った。
「最近、蓮とあまり話してないでしょう?」
「今度の休みには、ちゃんと時間を作るから」
そう言いながら、誠はコーヒーをがぶ飲みした。熱い液体が喉を通る。美咲は何か言いたそうにしていたが、誠は既に玄関に向かっていた。
「いってきます」
「気をつけて」
美咲の声が背中に響いた。
電車の中で、誠は今日の会議資料を確認していた。通勤ラッシュで座席はない。立ったまま資料を読みながら、頭の中で発表のシミュレーションをする。
いつの間にか、電車の揺れが心地よくなってきた。目を閉じると、蓮の笑顔が浮かんだ。小さな手で野球のボールを投げる姿。
「お父さん、見てて!」
蓮の声が聞こえる。誠は手を伸ばそうとした。
その時、車内アナウンスが響いた。
「次は新橋、新橋です」
気がつくと、会社の最寄り駅だった。慌てて電車を降りる。また、眠りながら歩いているような感覚だった。最近、こんなことが多い。気がつくと時間が過ぎている。まるで、意識だけが置き去りになったかのように。
でも、それも仕方ない。家族のために、会社のために、やらなければならないことが山積みなのだから。
オフィスビルのエレベーターに乗りながら、誠は一日のスケジュールを再確認した。今日も長い一日になりそうだった。
第二章 責任という名の重荷
午前九時、会議室で大きなトラブルが発覚した。
「岡田課長、例の案件で問題が起きています」
部下の柴田が青い顔で報告してきた。取引先との契約で重大なミスがあったのだ。誠の責任で進めていたプロジェクトだった。
「詳細を教えてくれ」
誠は冷静を装いながら、心の中で焦りを感じていた。このミスが表面化すれば、会社に大きな損失をもたらす。何より、部下たちに迷惑をかけてしまう。
会議室に関係者が集まった。取引先への謝罪、損失の算定、今後の対応策。すべてが誠の肩にのしかかってきた。
「岡田さん、とりあえず今日中に先方に謝罪に行きましょう」
上司の田中部長が言った。誠は頷いたが、頭の中で今日の予定が崩れていくのがわかった。
昼食も取らずに、誠は謝罪の準備に追われた。資料を作り直し、説明の段取りを考える。気がつくと、時計は午後三時を指していた。
スマートフォンを見ると、美咲からメッセージが届いていた。
「蓮が熱を出しています。早く帰ってきてもらえますか?」
時刻は午後一時。二時間も前のメッセージだった。誠は慌てて美咲に電話をかけた。
「もしもし、美咲?蓮の具合はどう?」
「熱が三十九度あります。病院に連れて行こうと思うんですが」
「すぐに連れて行って。俺も急いで帰るから」
そう言いながらも、誠は目の前の書類の山を見つめていた。今日中に処理しなければならないものばかりだ。
「でも、もう少し遅くなるかもしれない。ごめん」
電話の向こうで、美咲の小さなため息が聞こえた。
「わかりました。気をつけて」
電話を切った後、誠は罪悪感に苛まれた。家族のことが心配なのに、足が会社から離れない。でも、今この場を離れるわけにはいかない。部下たちも残業して対応してくれている。
夜の十時、ようやく謝罪の準備が整った。明日の朝一番で取引先に向かう予定だ。誠は疲れ切った体を引きずりながら、家路についた。
家に着くと、リビングは電気が消えていた。台所のテーブルの上に、ラップをかけた夕食が置いてある。その隣にメモがあった。
「蓮の熱は下がりました。お疲れさまです。美咲」
誠は一人で冷めた夕食を口に運んだ。味がしなかった。
二階に上がると、蓮の部屋から小さな寝息が聞こえてくる。ドアを少し開けて覗くと、額に冷却シートを貼った蓮が眠っていた。誠はそっと頬に手を当てた。熱は確かに下がっているようだ。
「お父さん…?」
蓮が目を覚ました。
「起こして悪かった。具合はどう?」
「もう大丈夫。お母さんが病院に連れて行ってくれたから」
蓮の声は少し掠れていた。誠は息子の手を握った。
「ごめんな。すぐに帰ってこられなくて」
「お仕事、大変なの?」
蓮の純粋な質問に、誠は言葉に詰まった。
「そうだな…でも、家族の方が大切だから」
そう言いながらも、誠の頭の中では明日の謝罪のことばかりが回っていた。本当に家族を大切にしているのだろうか。口では言いながら、心はいつも仕事のことばかり考えている。
「お父さん、運動会、来てくれる?」
蓮の問いかけに、誠は答えに窮した。今度の土曜日。まさに謝罪の件で対応が必要な時期だ。
「できるだけ頑張るから」
曖昧な返事しかできなかった。蓮は小さく頷いて、また目を閉じた。
寝室に戻ると、美咲が本を読んでいた。
「お疲れさま。蓮のこと、ありがとう」
「当然のことです」
美咲の声は冷静だったが、どこか疲れているようだった。
「明日も早いから、先に寝るね」
美咲は本を閉じて、電気を消した。誠は暗闇の中で天井を見つめていた。家族のために働いている。そのはずなのに、なぜこんなに満たされないのだろう。
翌朝、誠は再び早朝に家を出た。取引先への謝罪が控えている。美咲と蓮はまだ眠っていた。誠は音を立てないように、そっと家を後にした。
会社で柴田と合流し、二人で取引先に向かった。電車の中で、柴田が口を開いた。
「岡田さん、最近お疲れのようですが」
「そんなことないよ」
「でも、息子さんの具合が悪かったんでしょう?昨日、早く帰ればよかったのに」
柴田の言葉に、誠は少し驚いた。部下の方が、自分より家族のことを考えている。
「君には迷惑をかけられない」
「岡田さん、自分のことも少しは考えてください。体を壊したら、元も子もないですよ」
柴田の真剣な表情を見て、誠は少し心が揺れた。でも、すぐに謝罪のことで頭がいっぱいになった。今はそれどころではない。
謝罪は何とか受け入れられた。しかし、今後の対応で追加の作業が発生することになった。誠は更なる残業を覚悟した。
家族のために働いている。そう自分に言い聞かせながら、誠はまた夜遅くまで会社に残った。でも心のどこかで、何かが間違っているような気がしていた。
第三章 心の声を聞けない
土曜日の朝、蓮の運動会の日がやってきた。
誠は前夜の残業で午前三時に帰宅していた。例のトラブルの処理で、金曜日も深夜まで会社にいたのだ。
「お父さん、起きて。運動会だよ」
午前七時、蓮が誠を起こしに来た。小さな手で誠の肩を揺すっている。
「ああ…もう時間か」
誠は重い体を起こした。頭がぼんやりとして、現実感がない。
「お父さん、徒競走見に来てくれる?」
蓮の目が輝いていた。この日をどれだけ楽しみにしていたかがわかる。
「もちろんだ」
誠は笑顔を作って答えた。でも、その時スマートフォンが鳴った。会社からだった。
「すみません、ちょっと電話に出るね」
電話の相手は田中部長だった。
「岡田君、すまないが今日出てもらえるかな。例の件で急遽、先方の役員と会うことになった」
誠の心臓が止まりそうになった。
「部長、今日は息子の運動会で…」
「わかっているが、これを逃すと来週まで機会がない。君にしか任せられないんだ」
電話の向こうから、部長の切羽詰まった声が聞こえてくる。誠は蓮の方を見た。息子は体操服を着て、嬉しそうに準備をしている。
「岡田君?」
「はい…わかりました。すぐに向かいます」
電話を切った瞬間、誠の胸に重いものが沈んだ。
リビングに行くと、美咲が弁当を作っていた。蓮も運動会の準備で忙しそうにしている。
「あの…急に会社に呼ばれて」
誠の言葉に、美咲の手が止まった。蓮も振り返った。
「えっ?お父さん、運動会来れないの?」
蓮の声が震えていた。
「ごめん、蓮。どうしても大事な仕事が入って」
「でも、約束したよね?」
蓮の目に涙が浮かんだ。誠は息子を抱きしめようとしたが、蓮は首を振って自分の部屋に走って行った。
美咲は黙って弁当を作り続けていた。その背中が、いつもより小さく見えた。
「美咲、ごめん。今度必ず埋め合わせするから」
美咲が振り返った。その目には、怒りではなく、深い悲しみがあった。
「誠、あなたは家族のことを大切にしてるっていうけど、心はここにいない」
美咲の言葉が、誠の胸に突き刺さった。
「そんなことない。俺は家族のために働いて…」
「働いてるのはわかります。でも、蓮があなたを必要としている時、あなたはいつもいない」
美咲の目から涙がこぼれた。
「あなたが大切にしてるのは、仕事での自分の立場だけ。家族は二の次」
誠は反論しようとしたが、言葉が出なかった。美咲の言葉が、的を射ているような気がしたからだ。
「俺だって好きで仕事を選んでるわけじゃない」
「それなら、なぜ蓮の運動会より会社の都合を選ぶの?」
美咲の問いに、誠は答えられなかった。本当は、会社での評価を下げたくない、責任者として逃げられないという気持ちが強かった。でもそれを認めることができない。
誠は急いで身支度を整えた。会社に向かいながら、蓮の泣き顔と美咲の悲しそうな表情が頭から離れなかった。
でも、足は会社に向かっていた。まるで自分の意思ではなく、何かに操られているような感覚だった。
会議は午後まで続いた。先方の役員との話し合いは重要だったが、誠の頭の中には運動会のことがちらついていた。蓮の徒競走は何時からだったろう。今頃、一人で走っているのだろうか。
「岡田課長、大丈夫ですか?」
柴田が心配そうに声をかけてきた。
「ああ、大丈夫だ」
でも、大丈夫ではなかった。自分が何をしているのか、だんだんわからなくなってきた。
夕方、会社を出る時、誠は運動会の会場に向かった。でも、着いた時には既に片付けが始まっていた。
校庭の隅で、蓮と美咲が荷物をまとめていた。蓮は誠に気づくと、少し嬉しそうな顔をしたが、すぐに目を逸らした。
「お疲れさま。どうだった?」
「一等賞だったよ」
蓮の声は小さかった。
「すごいじゃないか!」
誠は息子を褒めたが、その喜びを一緒に分かち合えなかった自分が情けなかった。
家に帰る車の中で、蓮が小さな声で言った。
「お父さん、今度の参観日は来てくれる?」
「もちろんだ」
誠は答えたが、その時既に来週のスケジュールのことを考えていた。
その夜、蓮が眠った後、美咲と二人でリビングにいた。
「蓮、頑張って走ってたよ。あなたを探してる様子が痛々しくて」
美咲の言葉に、誠の胸が締め付けられた。
「俺だって、行きたかった」
「でも、行かなかった」
「仕方なかったんだ」
「いつもそうね。いつも仕方がない」
美咲は立ち上がった。
「私、疲れました。あなたが家族を大切にしてるって言うたびに、虚しくなる」
その夜、誠は一人でリビングに残された。自分が空回りしている感覚が強くなった。頭では家族が大切だとわかっている。でも、足を止めることができない。
まるで、眠りながら歩いているようだ。大切なものが見えているのに、手を伸ばすことができない。
夢の中で、蓮が何度も問いかけてきた。
「お父さん、どこに行くの?」
「お父さん、見てて」
「お父さん、約束したよね?」
誠は夢の中で答えようとしたが、声が出なかった。蓮の姿がだんだん遠くなっていく。
「待って、蓮!」
誠は必死に走ったが、足が重くて進めない。
その時、誠は気づいた。自分は眠りながら歩いているのだ。大切なものを見ているようで、実は何も見えていない。家族のために働いているつもりで、実は家族から遠ざかっている。
目を覚ました時、誠の頬は涙で濡れていた。
第四章 もう戻れないかもしれない
月曜日の朝、誠は異常な疲労感に襲われていた。
週末の運動会の件で、家庭の空気は重くなっていた。美咲は必要最小限の会話しかしないし、蓮も以前のように甘えてこなくなった。
「おはよう」
誠がリビングに入ると、美咲は振り返らずに弁当を作っていた。蓮は黙って朝食を食べている。
「蓮、今日は何の授業があるんだ?」
「算数と国語と体育」
短い答えだった。以前なら、もっと色々なことを話してくれたのに。
誠は胸が痛んだが、時計を見ると遅刻しそうな時間だった。
「行ってきます」
「いってらっしゃい」
美咲の声は機械的だった。
会社に着くと、例のトラブルの後始末で新たな問題が発生していた。契約の見直し、損失の補填、今後の対策。すべてが誠の肩にのしかかってきた。
「岡田課長、本当に大丈夫ですか?顔色が悪いですよ」
柴田が心配そうに声をかけてきた。
「大丈夫だ。ただちょっと疲れてるだけ」
でも、大丈夫ではなかった。頭痛がひどく、胸の奥に重苦しいものがある。呼吸も浅くなっている気がした。
昼食も抜いて、誠は書類と向き合い続けた。数字が頭に入ってこない。集中力が続かない。でも、手を止めるわけにはいかない。
午後三時頃、誠は突然めまいを感じた。椅子から立ち上がろうとしたが、足がふらついた。
「岡田課長!」
柴田の声が遠くに聞こえた。視界がぼやけて、体が重力に引かれていく。
気がつくと、病院のベッドの上にいた。
白い天井、消毒薬の匂い、機械の音。
「気がつきましたか?」
看護師が声をかけてきた。
「ここは…」
「病院です。会社で倒れて、救急車で運ばれてきました」
誠は状況を理解しようとしたが、頭がぼんやりとしていた。
「家族の方が来ています」
カーテンが開いて、美咲が入ってきた。目を真っ赤にして、心配そうな表情をしている。
「誠…」
美咲の声が震えていた。
「心配かけて、ごめん」
誠は謝ったが、美咲は首を振った。
「謝らないで。私こそ、あんなことを言って」
美咲が誠の手を握った。その手は震えていた。
「蓮も来たがってるけど、今日は学校があるから。明日、一緒に来ます」
医師の説明によると、過労とストレスによる軽い心身の不調ということだった。大事には至らなかったが、このまま続けていれば危険だという警告だった。
「しばらく休養が必要ですね。お仕事も控えめにしてください」
医師の言葉を聞きながら、誠は自分の生活を振り返った。いつから、こんなに無理をするようになったのだろう。
夕方、柴田が見舞いに来た。
「岡田さん、びっくりしました。倒れた時、本当に心配で」
「迷惑をかけてしまって」
「そんなこと言わないでください。それより、これを機会に少し休んでください」
柴田の真剣な表情を見て、誠は胸が熱くなった。
「実は、俺も似たような経験があるんです。三年前、仕事に追われて家族との時間を全然取れなくて。妻に愛想を尽かされそうになりました」
柴田が苦笑いを浮かべた。
「でも、その時に気づいたんです。仕事は代わりがいるけど、家族の中での自分は代わりがいないって」
その言葉が、誠の心に深く響いた。
「岡田さん、まだ間に合いますよ」
柴田の言葉に、誠は涙がこみ上げてきた。
その夜、病室で一人になった時、誠は自分の人生を深く考えた。家族のために働いているつもりだったが、実際は自分の承認欲求や責任感を満たすために働いていたのではないか。
蓮の笑顔、美咲の悲しそうな表情、運動会で一人で走る息子の姿。すべてが胸に蘇ってきた。
「俺は、何をやってるんだ」
暗い病室で、誠は小さく呟いた。
自分の命、家族、仕事。本当に大切な順番はどうなのだろう。今まで、それを真剣に考えたことがなかった。
翌日、蓮が美咲と一緒に見舞いに来た。
「お父さん、大丈夫?」
蓮の心配そうな顔を見て、誠は胸が熱くなった。
「大丈夫だよ。心配させてごめんな」
「お父さん、お仕事辞めるの?」
蓮の質問に、誠は少し考えた。
「辞めはしないけど、もっと家族との時間を大切にしたいと思ってる」
「本当?」
蓮の目が輝いた。
「本当だ。約束する」
その時、誠は心から約束したいと思った。もう、眠りながら歩くのはやめよう。大切なものをしっかりと見つめて、向き合っていこう。
病室の窓から見える青空が、いつもより明るく見えた。
最終章 ただいま
一週間の入院を経て、誠は家に戻った。
会社からは二週間の休暇をもらった。最初は抵抗があったが、田中部長も「健康第一だ」と理解してくれた。
「ただいま」
玄関で誠が言うと、蓮が飛び出してきた。
「お父さん、おかえり!」
久しぶりに感じる息子の温もりだった。
美咲も笑顔で迎えてくれた。
「おかえりなさい。お疲れさま」
リビングには、誠の好物の料理が並んでいた。家族三人での食事は、いつぶりだろう。
「蓮、学校はどうだ?」
「今度、参観日があるんだ。お父さん、来てくれる?」
「もちろんだ。約束する」
今度は、心から約束できた。
夕食後、誠は蓮と一緒にテレビを見た。アニメの内容はよくわからなかったが、息子の笑い声を聞いているだけで幸せだった。
「お父さん、今度の休みに公園に行こうか」
「いいね。キャッチボールでもしようか」
「やったー!」
蓮が喜ぶ姿を見て、誠は心から笑った。こんなに単純なことで、なぜこんなに嬉しいのだろう。
その夜、美咲と二人でベッドに横になった。
「誠、本当に変わった気がする」
「どこが?」
「目の輝きかな。前は、いつも何かに追われているような目をしていた」
美咲の言葉に、誠は自分でも変化を感じていた。
「俺、眠りながら歩いてたんだ」
「どういう意味?」
「大切なものが見えているつもりで、実は何も見えていなかった。家族のために働いているつもりで、実は家族から遠ざかっていた」
美咲は誠の手を握った。
「でも、気づけてよかった」
「まだ完璧じゃないけど、もう眠りながら歩くのはやめる」
翌週、誠は会社に復帰した。でも、以前とは働き方を変えることにした。
田中部長との面談で、誠は率直に話した。
「部長、家族を大切にしながら働きたいんです」
部長は最初驚いていたが、話を聞いてくれた。
「岡田君の気持ちはわかる。でも、仕事への責任はどうするんだ?」
「責任は果たします。でも、効率を上げて、無駄な残業は減らしたいんです」
誠は具体的な提案をした。会議の効率化、資料作成の簡素化、チーム内での役割分担の見直し。
「家族との時間を作ることで、仕事への集中力も上がると思います」
部長は考え込んだ後、頷いた。
「わかった。試してみよう。ただし、成果は求めるぞ」
誠は感謝の気持ちでいっぱいだった。
柴田も誠の変化を喜んでくれた。
「岡田さん、なんか生き生きしてますね」
「そうかな」
「はい。前は、いつも疲れた表情をしていましたから」
仕事の進め方も変わった。無駄な会議を減らし、重要なことに集中する。部下との対話も増やし、チーム全体の効率を上げることに努めた。
結果的に、残業時間は大幅に減った。でも、成果は以前と変わらなかった。むしろ、チームの雰囲気が良くなったことで、全体の生産性が向上した。
金曜日の夕方、誠は定時で会社を出た。久しぶりに明るいうちに帰宅する。
家に着くと、蓮が宿題をしていた。
「お父さん、早いね!」
「今日は一緒に夕食を食べよう」
家族三人での夕食。他愛もない会話が、こんなに楽しいものだとは知らなかった。
土曜日、約束通り蓮と公園に行った。キャッチボールをしながら、誠は心から充実していた。
「お父さん、上手だね」
「蓮の方が上手だよ」
青空の下で、息子と過ごす時間。これが、本当に大切なものだったのだ。
「お父さん、今度の参観日、絶対に来てね」
「もちろんだ。約束する」
今度は、必ず守れる約束だった。
ベンチで休憩していると、蓮が言った。
「お父さん、前より優しくなったね」
「そうかな?」
「うん。前は、いつも忙しそうで、話しかけにくかった」
息子の言葉に、誠は胸が痛んだ。でも、今は違う。
「これからは、もっとちゃんと見ているから」
「見ているって?」
「蓮のこと、美咲のこと、家族のこと。ちゃんと見て、一緒にいる」
蓮は嬉しそうに笑った。
帰り道、誠は空を見上げた。雲がゆっくりと流れている。以前なら気づかなかった風景だ。
もう、眠りながら歩くことはない。大切なものをしっかりと見つめて、その瞬間瞬間を大切にしていこう。
家に着くと、美咲が夕食の準備をしていた。
「お疲れさま。どうだった?」
「楽しかったよ。蓮、キャッチボールが上手になってる」
「よかった」
美咲の笑顔が、以前より明るく見えた。
その夜、家族三人でテレビを見ながら、誠は思った。
これが、本当の幸せなのだろう。特別なことは何もない。でも、大切な人たちと一緒にいられる。それだけで、心が満たされる。
「お父さん、明日も一緒に遊ぼう」
蓮の言葉に、誠は心から答えた。
「もちろんだ」
窓の外で、夜風が優しく吹いていた。誠は深く息を吸った。これからの人生を、しっかりと歩いていこう。もう、眠りながら歩くことはない。
目を開けて、心を開いて、大切なものを大切にしながら。
それが、誠の新しい歩き方だった。
おわり
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