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AI小説

AI短編小説|最低な一日だった

些細なことで心がざわつく朝。
それが、かけがえのない日々の始まりだったことを、僕はまだ知らない。
歯磨き粉のない洗面台で、運命の歯車は静かに回り始めていた。


第1章「始まりは歯磨き粉から」

目覚ましが鳴る三分前に目が覚めた。これは幸先がいいかもしれない、と思ったのも束の間だった。

相馬陽介は洗面台の前で呆然と立ち尽くしていた。歯磨き粉のチューブを握りしめ、何度も押してみるが、もう中身は一滴も出てこない。昨夜、確かにまだ残っていたはずなのに。

「マジかよ……」

独り言をつぶやきながら、仕方なく歯磨き粉なしで歯を磨く。口の中に残る微妙な感覚が、なんとも言えず気持ち悪い。こんな些細なことで一日の始まりが台無しになった気がして、陽介の心は早くも重くなった。

洗面台から離れようとした時、左足の小指が洗面台の角に激突した。

「いった〜!」

思わず声に出してしまう痛さだった。小指を押さえながら片足でピョンピョンと跳ね回る自分の姿が、鏡に映って惨めに見えた。

「今日はついてないな」

そう思いながらも、陽介は慣れた手順で身支度を整えた。都内の小さな広告制作会社に勤めて二年目。毎朝の通勤ラッシュは相変わらず憂鬱だが、仕事自体は嫌いではなかった。

アパートを出て最寄りのコンビニに向かう。歯磨き粉を買わなければ。店内に入り、日用品コーナーで手頃な歯磨き粉を手に取る。値段を見ると二百円ほど。財布を確認すると、千円札が一枚と小銭が少し。普段ならクレジットカードを使うところだが、この店は現金のみだった。

レジに向かい、PASMOをかざしてチャージしようと思った瞬間、あの嫌な音が響いた。

ピンポーン。残高不足です。

「え、マジで?」

慌てて財布を開けて小銭を数えてみるが、歯磨き粉を買うには三十円ほど足りない。千円札を崩せばいいのだが、今朝の電車代を考えると、この千円は取っておきたかった。

「すみません、やっぱりやめます」

レジの店員に頭を下げ、歯磨き粉を棚に戻す。後ろに並んでいた客の舌打ちが聞こえたような気がしたが、振り返る勇気はなかった。お金があるのに買えないという状況が、なんとも情けなく感じられた。

駅に着くと、いつものようにPASMOをかざす。案の定、残高不足で改札が開かない。後ろに並ぶ人々の視線が痛い。慌ててチャージ機に向かい、千円をチャージして改札を通る。

これで財布はほぼ空っぽになった。昼食代をどうしようかと、陽介の頭にまた一つ心配事が増えた。

電車はいつも通り混雑していた。やっと乗り込むと、急ブレーキとともに前の人に押しつぶされそうになる。踏ん張ろうとしたが、バランスを崩して隣の人の足を踏んでしまった。

「すみません」

謝ったが、相手は無視して顔をそむけた。陽介の心は少しずつ沈んでいく。

会社に着く頃には、すっかり気分が落ち込んでいた。デスクに座ってパソコンを開くと、メールの着信音が鳴った。件名を見ただけで嫌な予感がした。

「相馬君、昨日の件の修正はまだですか? クライアントから急いでほしいと連絡がありました。午前中にお願いします。」

部長の津田からのメールだった。昨日の件というのは、小さなバナー広告のデザイン修正のことだ。確かに頼まれていたが、まだ手をつけていなかった。忙しさにかまけて、すっかり忘れていたのだ。

陽介はため息をついた。今日という日は、朝から何もかもがうまくいかない。まるで世界中が自分に敵意を向けているかのような気分だった。

それでも、仕事は仕事だ。デザインソフトを立ち上げ、黙々と修正作業に取りかかる。色を調整し、文字のサイズを変え、レイアウトを微調整する。こういう細かい作業は、実は陽介は好きだった。集中していると、嫌なことを忘れることができる。

三十分ほどで修正が完了し、メールで部長に送信した。すぐに返信が来た。

「お疲れ様。確認して、問題なければクライアントに送ります。」

部長からの短いメールだったが、普段よりも優しい口調に感じられた。もしかすると、津田部長も忙しくて余裕がないだけなのかもしれない。陽介は少しだけほっとした。

昼休みになった。お腹は空いていたが、財布にはほとんどお金が残っていない。コンビニで百円のおにぎりを一個だけ買って、会社の休憩室で食べることにした。

おにぎりを食べながら、なんとなくスマートフォンを眺めていると、LINEに未読メッセージが届いていることに気づいた。送り主は高橋拓真。大学時代からの親友だった。

「よう、陽介。今日夕方空いてる? 久々に飲まない?」

陽介の心が少し明るくなった。拓真とは大学を卒業してから、お互い忙しくてなかなか会えずにいた。最後に会ったのは半年前だっただろうか。久しぶりに親友の顔が見られると思うと、心が軽やかになった。

「おお、空いてるよ!何時からにする?」

すぐに返信を送った。

「じゃあ6時に下北沢駅で。例の居酒屋な」

「了解!楽しみにしてる」

急に今日という日が、それほど悪い日ではないような気がしてきた。朝からの小さなトラブルも、拓真に会えることを思えば些細なことに思えてくる。

午後の仕事も、なんだか調子が良かった。新しい企画のアイデアを思いついて、メモに書き留めた。同僚の田中さんからも「今日は集中してますね」と声をかけられた。

定時の六時になると、陽介はすぐにパソコンを閉じて帰り支度を始めた。普段なら残業することも多いが、今日は特別だ。

下北沢への電車の中で、陽介は拓真のことを思い出していた。大学時代、二人はよく一緒に飲みに行った。拓真はいつも決断が早く、さっぱりした性格で、優柔不断な陽介とは正反対だった。だからこそ、お互いを補い合えるような関係だったのかもしれない。

そういえば、拓真は最近どんな仕事をしているのだろう。大学を出てから、お互いの近況を詳しく話す機会はあまりなかった。今日は久しぶりに、時間を気にせずにゆっくり話せそうだ。

電車が下北沢駅に到着した。改札を出ると、既に拓真が待っていた。少し髪型が変わって、スーツも前より上等になっている気がしたが、人懐っこい笑顔は昔のままだった。

「よう、陽介!」

「拓真!」

二人は軽く肩を叩き合って挨拶を交わした。こういう再会の瞬間は、いつも少し照れくさい。


第2章「予定のない夕方」

「お疲れ様でした!」

居酒屋の店員の元気な声が響く中、陽介と拓真は奥のテーブル席に座った。いつもの居酒屋『鳥吉』は、下北沢駅から歩いて三分ほどの場所にある小さな店だった。大学時代によく利用していて、マスターの鈴木さんも二人のことを覚えていてくれた。

「おお、陽介くんと拓真くん!久しぶりじゃないか」

カウンターの向こうから鈴木さんが手を振った。六十代前半の温和な人で、いつも学生客に優しかった。

「お疲れ様です!」

二人は声を揃えて挨拶した。

「相変わらず元気そうでなによりだ。今日は何にする?」

「とりあえずビールで!」

拓真が答えると、陽介も頷いた。

「はいよ。から揚げも追加しとくかい?君たちの好物だったろう」

「お願いします!」

鈴木さんの記憶力の良さに、二人は嬉しくなった。

まもなくビールが運ばれてきた。グラスを軽く合わせて、乾杯の音が小さく響く。

「かんぱーい」

「お疲れ様」

ビールの泡が口の中で弾け、一日の疲れが少しずつ溶けていくような気がした。陽介は朝からの出来事を拓真に話し始めた。

「いやあ、今日は朝から最低でさ。歯磨き粉はないし、足は痛めるし、PASMOの残高は足りないし」

拓真は笑いながら聞いていた。

「相変わらずだな、お前は。そういう小さいことばっかり気にして」

「小さいって言うけど、積み重なると結構きついんだぞ」

陽介は少し拗ねたように言った。確かに一つ一つは些細なことかもしれないが、連続して起こると心が疲れてしまう。

「まあ、分からんでもないけどさ。でも考えてみろよ、全部今思えば笑い話じゃん」

確かに、こうして話していると、朝の出来事も少し滑稽に思えてくる。特に小指をぶつけて飛び跳ねていた自分の姿を想像すると、おかしくなってしまう。

「そういえば、お前こそ最近どうなんだよ。仕事は順調?」

陽介が聞くと、拓真は少し表情を曇らせた。

「まあ、それなりにやってるよ。システム開発の会社だから、毎日コードばっかり書いてる」

「楽しい?」

「うーん、悪くはないけど、ちょっと変化がほしいなって思ってたところかな」

拓真の口調には、どこか物足りなさが含まれていた。

そんな話をしているうちに、から揚げが運ばれてきた。熱々で香ばしい匂いが立ち上る。

「うまそう!」

二人は箸を取って、から揚げに手を伸ばした。鈴木さんのから揚げは絶品で、外はカリッと、中はジューシーだった。

「やっぱりここのから揚げは最高だよな」

「うん、変わらない味だ」

ビールとから揚げで、二人の会話も弾んできた。大学時代の思い出話、今の仕事のこと、最近読んだ本や見た映画のこと。時間を忘れて話し続けた。

「そういえば、田中先生は元気にしてるのかな」

拓真が言ったのは、大学時代の指導教官のことだった。経営学の田中教授は、少し厳しかったが面倒見の良い先生で、二人ともお世話になった。

「たまにメールはもらうよ。相変わらず学生にしごかれてるって言ってた」

「あの先生らしいな。俺たちも結構しごかれたもんな」

「卒論の指導とか、マジで厳しかった」

そんな話をしながら、二杯目のビールに突入した。アルコールが回ってきて、顔が少し赤くなってくる。

八時を過ぎた頃、店内はサラリーマンや学生で賑やかになってきた。二人はそろそろ店を出ることにした。

「鈴木さん、ごちそうさまでした!」

「ありがとうございました。また来てくださいね」

鈴木さんに見送られて、二人は店を出た。

外はもう暗くなっていて、下北沢の街はネオンサインで彩られていた。少し酔いが回って、足取りも軽やか。二人は特に目的地も決めずに街を歩き始めた。

「なんか、久しぶりに楽しかったわ」

陽介が言うと、拓真も頷いた。

「そうだな。俺たちも社会人になって、随分変わったんだろうな」

「でも、こうして話してると、学生の頃と変わってない気もする」

「確かに」

二人は駅前の小さな公園に腰を下ろした。平日の夜だったので、公園には誰もいない。街の明かりが少し離れた場所から聞こえてきて、なんとなく落ち着いた気分になった。

その時、拓真が急に真面目な表情になった。

「実は、陽介に話したいことがあったんだ」

「何?」

陽介も表情を引き締めた。拓真がこんな顔をする時は、大抵重要な話だった。

「来月、転勤が決まったんだ」

「転勤?どこに?」

陽介の心臓が少し早く打った。嫌な予感がしていた。

「栃木の宇都宮。本社から新しい支社を立ち上げるプロジェクトのメンバーに選ばれた」

陽介は一瞬、言葉が出なかった。

「地味に遠いなー。。それって……いつまで?」

「分からない。多分、数年は帰ってこられないと思う。もしかしたら、ずっと向こうにいることになるかもしれない」

拓真の声は普段通りだったが、どこか寂しそうに聞こえた。

陽介の胸に、複雑な感情が湧き上がってきた。親友の転勤という現実を、まだうまく受け入れることができない。頭では「おめでとう」と言うべきだと分かっているのに、素直に喜べない自分がいた。

「そっか……それは、すごいじゃないか。お前が選ばれるなんて」

精一杯明るく言ったつもりだったが、声が少し上ずってしまった。

「ありがとう。でも正直、不安もあるんだ。新しい環境で一からやり直すのって、思ってるより大変だと思うし。」

「大丈夫だよ。お前なら絶対にうまくやれるよ」

陽介は本心からそう思った。拓真は昔から適応力が高く、どんな環境でも自分の居場所を見つけるのが得意だった。

「でも、陽介に会えなくなるのは寂しいな」

拓真のその一言で、陽介の心はさらに揺れた。自分も同じ気持ちだった。

「俺だって寂しいよ。でも、今度は俺が栃木に遊びに行くから」

「そうだな。宇都宮餃子でも食べに来いよ」

二人は少し笑った。でも、その笑顔の奥に、お互いの寂しさが隠れていることは分かっていた。

それからしばらく、二人は他愛のない話を続けた。でも、どこか上の空だった。転勤の話が、二人の間に微妙な空気を作っていた。

九時半を過ぎた頃、拓真が立ち上がった。

「そろそろ帰るか」

「そうだな」

陽介も立ち上がった。駅まで歩く間、二人ともあまり話さなかった。言いたいことはたくさんあるのに、うまく言葉にできなかった。

駅の改札前で、二人は向き合った。

「今日はありがとう。久しぶりに楽しかった」

拓真が言った。

「こっちこそ。また今度、引っ越す前にもう一回会おう」

「うん、そうしよう」

そう言って、拓真は改札に向かった。陽介は、その後ろ姿を見送っていた。

改札を通る直前に、拓真が振り返った。

「陽介、今日は本当に最低な日だったのか?」

突然の質問に、陽介は戸惑った。

「え?」

「朝の話を聞いてて思ったんだ。今日は本当に最低な日だったのかって」

陽介は少し考えた。確かに朝は最低だった。でも、拓真と会えて、久しぶりにゆっくり話せて、美味しいから揚げも食べられた。

「分からないや」

陽介は正直に答えた。

「俺も分からない」

拓真は笑って、改札を通っていった。

一人になった陽介は、しばらくその場に立ち尽くしていた。今日という日が、結局のところどんな日だったのか、まだ整理がついていなかった。

でも一つだけ確かなことがあった。親友との再会は、間違いなく嬉しかった。そして、その親友がもうすぐ遠くへ行ってしまうということは寂しい。それが、現実だった。

陽介も改札を通り、電車に乗った。車窓から見える夜の街並みを眺めながら、今日一日のことを振り返っていた。

歯磨き粉、小指、PASMO、電車でのトラブル、上司からのメール。朝はこれらすべてが最低に思えた。でも今思い返すと、どれも本当に些細なことだった。

本当に大切なのは、拓真との時間だったのかもしれない。そして、その時間がもうすぐ終わってしまうということの方が、よっぽど大きな出来事だった。

電車が自分の最寄り駅に着いた。陽介は重い足取りでアパートに向かった。今日という日の意味を、まだうまく理解できずにいた。


第3章「別れの駅前」

それから三週間が過ぎた。

拓真の引っ越しは七月の末の土曜日に決まった。陽介は仕事を早めに切り上げて、拓真の荷物整理を手伝うことにしていた。

拓真のアパートに着くと、もうダンボール箱が山積みになっていた。六畳一間の小さな部屋だったが、二年間住んでいると荷物は思った以上に多かった。

「お疲れ様!手伝いに来たよ」

「おお、ありがとう。助かる」

拓真は汗をかきながら本棚の整理をしていた。

「まだこんなに残ってるのか」

「そうなんだよ。一人だと思ったより時間がかかる」

陽介は手伝いながら、拓真のアパートの中を見回した。もうすぐここも空っぽになってしまうのかと思うと、少し寂しい気持ちになった。この部屋には、二人の思い出も詰まっている。

「これ、懐かしいな」

陽介は一枚の写真を見つけた。大学の卒業式の時に、二人で撮った写真だった。

「ああ、それ持って行こうと思ってたんだ」

拓真が振り返って笑った。

「俺たちも若かったよなあ」

「まだ若いだろ、二十三歳なんだから」

「そうだけどさ、なんか学生の頃と比べると、責任とか重くなった気がしない?」

陽介は頷いた。確かに社会人になってから、自分の行動の一つ一つが以前より重く感じられるようになった。

午後三時頃、荷物の整理がほぼ終わった。引っ越し業者は明日の朝に来る予定だ。

「一段落ついたな。何か飲む?」

拓真が冷蔵庫を開けて、缶ビールを取り出した。

「まだ昼間だけど、いいのか?」

「最後だからいいじゃん」

二人はベランダに出て、缶ビールを開けた。拓真のアパートは三階で、遠くに街並みが見渡せた。

「いい眺めだったんだな」

「うん、特に夕焼けの時間がきれいだった」

ビールを飲みながら、二人は黙って景色を眺めていた。やがて拓真が口を開いた。

「陽介、宇都宮に遊びに来る時は連絡してよ」

「当たり前だろ。でも、お前こそ東京に出てくる時は連絡しろよ」

「もちろん」

そんな約束を交わしながらも、二人ともどこか現実味がないような気がしていた。きっと実際には、なかなか会う機会は作れないだろう。

夕方五時頃、陽介は拓真のアパートを後にした。明日の朝、駅まで見送りに行く約束をして。

翌日の朝、陽介は九時に拓真のアパートに向かった。引っ越し業者の作業はもうほとんど終わっていて、部屋はがらんとしていた。

「おはよう。もう終わったのか」

「うん、意外に早かった」

拓真は大きなリュックサックを背負い、スーツケースを引いていた。身軽な格好だったが、なぜかその姿がとても大人っぽく見えた。

「じゃあ、駅まで送るよ」

「ありがとう」

二人は電車に乗って新宿駅に向かった。拓真は宇都宮まで特急を使う予定だった。

新宿駅は休日の朝でも人が多かった。特急の発車時刻は十一時三十分。まだ少し時間があった。

「コーヒーでも飲む?」

陽介が提案すると、拓真は頷いた。駅構内のカフェで、二人はアイスコーヒーを注文した。

「緊張する?」

「少しね。でも楽しみでもある」

拓真の表情は明るかった。新しい環境への期待の方が、不安よりも大きいようだった。

「羨ましいよ。俺なんて、毎日同じことの繰り返しだもん」

陽介は少し自嘲気味に言った。

「でも、陽介はちゃんと自分のペースで頑張ってるじゃん。それでいいと思うよ」

拓真の言葉に、陽介は少し救われた気がした。

十一時十五分になった。そろそろホームに向かう時間だった。

「行くか」

「うん」

二人はカフェを出て、ホームに向かった。特急列車はもう到着していて、乗客が乗り込み始めていた。

「元気でな」

「お前もな」

二人は軽く握手を交わした。いつものように軽い調子で別れを告げようとしたが、どこか照れくさくて、言葉が思うように出てこなかった。

「なんか、俺たちってドラマのワンシーンみたいだな」

陽介が苦笑いしながら言った。

「確かに。でも、悪くないんじゃない?」

拓真も笑った。

「次に会う時は、もうお互い全然違う人生かもな」

拓真のその言葉に、陽介の胸がキュッと締めつけられた。確かにその通りかもしれない。数年後に再会した時、二人はどんな風に変わっているのだろう。

「発車いたします」

車内アナウンスが響いた。

「じゃあ、行くわ」

拓真は電車に乗り込んだ。窓際の席に座り、陽介に手を振った。

電車がゆっくりと動き出した。陽介も手を振り返した。拓真の顔は次第に小さくなっていき、やがて見えなくなった。

一人になったホームで、陽介はしばらく電車の行方を見つめていた。線路の向こうに消えていく電車を見送りながら、今日が本当に最後なのだという実感がじわじわと湧いてきた。

帰りの電車の中で、陽介はふと三週間前の拓真の質問を思い出した。

「今日は本当に最低な日だったのか?」

その時は答えられなかったが、今日もまた同じような気持ちだった。別れは悲しいけれど、拓真の新しいスタートを祝福したい気持ちもある。

結局、良い日なのか悪い日なのか、簡単には決められないものなのかもしれない。人生とは、そういう複雑さを含んでいるものなのだろう。

陽介は窓の外を流れる景色を眺めながら、そんなことを考えていた。きっと拓真も、今頃同じような気持ちで宇都宮への道のりを進んでいるのだろう。


第4章「風の抜ける家」

五年後の夏。

陽介は助手席で地図を見ながら、妻の瑞希に道順を伝えていた。後部座席には三歳になったばかりの息子、陽太が眠っている。

「次の交差点を右に曲がって」

「うん、分かった」

瑞希は慎重に車を運転している。都心から二時間半ほど車を走らせ、ようやく宇都宮市の郊外に到着したところだった。

「この辺りって、すごく静かね」

「そうだね。空気もきれいだし」

車窓から見える風景は、陽介が慣れ親しんだ東京とはまったく違っていた。田んぼが広がり、遠くに山々が見える。のどかで、時間がゆっくりと流れているような場所だった。

「拓真さんは、ここで五年も暮らしてるのね」

「うん。最初は大変だったって言ってたけど、今は気に入ってるみたいだよ」

陽介と拓真は、この五年間でそれほど頻繁に連絡を取り合っていたわけではない。それでも、半年に一度くらいはメールのやり取りをしていて、お互いの近況は知っていた。

拓真は宇都宮で地元の女性と結婚し、一歳になる娘がいた。陽介も四年前に瑞希と結婚し、陽太が生まれた。二人とも、それぞれの人生を歩んでいる。

ナビゲーションの案内に従って住宅街に入ると、新しい一戸建てが立ち並んでいた。拓真の家は、その中でも少し大きめの二階建てだった。

車を駐車場に停めると、玄関から拓真が出てきた。少し太ったような気もするが、相変わらず人懐っこい笑顔は変わっていない。

「陽介!よく来たな」

「拓真!」

二人は久しぶりの再会を喜び合った。五年という歳月は、確実に二人を変えていたが、こうして顔を合わせると学生時代と変わらない感覚が蘇ってきた。

「瑞希さん、はじめまして。拓真です」

「こちらこそ、いつも主人がお世話になっています」

瑞希は丁寧に挨拶した。

「この子が陽太くんか。大きくなったな」

拓真は眠っている陽太を見て微笑んだ。

家の中に入ると、拓真の妻の菜々子が出迎えてくれた。明るくて気配りの上手そうな女性で、初対面の陽介たちを温かく迎えてくれた。

「遠いところ、ありがとうございます。拓真がずっと楽しみにしていたんです」

「こちらこそ、お邪魔します」

リビングは広くて明るく、大きな窓から庭が見えた。庭では一歳の愛奈ちゃんが、菜々子の母親に抱かれて手を振っていた。

「いい家だな」

陽介は素直に感想を口にした。

「気に入ってるよ。東京じゃこんな家は買えないからな」

拓真は照れくさそうに言った。

昼食は菜々子の手作り料理だった。地元の野菜をふんだんに使った優しい味で、陽太も喜んで食べていた。

「菜々子さん、料理上手ですね」

瑞希が感心して言うと、菜々子は嬉しそうに笑った。

「ありがとうございます。この辺りは野菜が美味しいんです」

食事をしながら、四人は様々な話をした。仕事のこと、子育てのこと、それぞれの近況。時間を忘れて話し込んでしまった。

午後は庭で子どもたちを遊ばせながら、陽介と拓真は二人だけで話す時間を持った。

「幸せそうだな、お前」

陽介が言うと、拓真は照れくさそうに笑った。

「お前もだろ。瑞希さん、すごくいい人じゃん」

「ありがとう。でも、本当にここの生活気に入ってるの?」

「最初はどうなることかと思ったけど、今は東京にいた頃よりも充実してるよ。仕事も面白いし、菜々子とも出会えたし」

拓真の表情は穏やかで、心から満足しているように見えた。不安だった転勤が、結果的には人生の転機になったのだろう。

「そっか。良かった」

陽介も安心した。親友が新しい場所で幸せを見つけてくれたことが、本当に嬉しかった。

夕方になると、庭に涼しい風が吹いてきた。陽太と愛奈ちゃんは仲良く遊んでいて、瑞希と菜々子も打ち解けて話をしている。

「なんだよ、最高の日じゃん」

陽介がつぶやくように言った。

「昔は"最低な日"だったんだろ?」

拓真が茶化すように言った。

「え?」

「ほら、五年前。お前がいつも朝から小さいことでイライラしてたじゃん」

陽介は思い出した。あの日の朝、歯磨き粉がなくて、小指をぶつけて、PASMOの残高が足りなくて。その日の夜に拓真と会って、転勤の話を聞いた。

「そうだったね」

「あの時のお前の話、すごく面白かったんだよ。歯磨き粉がないだけで最低の日だって言うんだもん」

拓真は楽しそうに笑った。

「今思えば、本当に些細なことだった」

「でも、あの日がなかったら、こうして家族同士で会うこともなかったかもしれないな」

拓真の言葉に、陽介ははっとした。確かにその通りだった。あの日、拓真と会わなければ、転勤の話も聞かなかった。そして、こうして宇都宮を訪れることもなかっただろう。

「不思議だよな、人生って」

「本当にそう思う」

二人は庭を吹き抜ける風を感じながら、しばらく黙っていた。人生の不思議な巡り合わせについて、それぞれが思いを巡らせていた。

夕食後、陽介たちは近くのホテルに宿泊することになっていた。帰る時間になると、拓真一家が玄関まで見送ってくれた。

「今日は本当にありがとうございました」

瑞希が菜々子に頭を下げた。

「こちらこそ、楽しかったです。また遊びに来てくださいね」

「今度は俺たちが東京に行くよ」

拓真が言った。

「その時は案内するから」

陽介も約束した。

車に乗り込む前に、拓真が陽介の肩を叩いた。

「また明日、昼頃に遊びに来いよ」

「分かった」

翌日も拓真の家を訪れ、近くの公園に出かけたり、地元の美味しいレストランに連れて行ってもらったりした。三日間の滞在は、あっという間に過ぎていった。

帰る日の朝、陽介は拓真と二人だけで散歩をした。

「本当に楽しかった。来て良かったよ」

「俺も嬉しかった。陽介の家族に会えて」

「今度は絶対に東京に来いよ」

「うん、必ず行く」

二人は約束を交わした。今度は、以前のような曖昧な約束ではなく、具体的な計画として。


第5章「最低な一日だった」

東京への帰り道、陽介は運転を瑞希に任せて、助手席で窓の外を眺めていた。後部座席では陽太がまた眠っている。

「楽しかったね」

瑞希が言った。

「うん、拓真も菜々子さんも、本当にいい人たちだった」

「愛奈ちゃんも可愛かったし。陽太も楽しそうだった」

確かに息子は、初めて会った愛奈ちゃんとすぐに仲良くなっていた。子ども同士の純粋な交流を見ていると、心が温かくなった。

「また会えるといいね」

「きっと会えるよ」

陽介はそう答えながら、過去のことを思い出していた。

五年前、拓真が転勤すると聞いた時は、本当にショックだった。もう頻繁に会うことはできないだろうと思っていた。実際、この五年間で直接会ったのは今回が初めてだった。

でも、距離が離れても、友情は変わらなかった。それどころか、お互いが新しい人生を歩んだことで、以前よりも話すことが増えたような気がする。

都心に近づくにつれて、景色は再び慣れ親しんだ街並みに変わっていった。高層ビルが立ち並び、車の交通量も多くなる。宇都宮の静かな環境とは対照的だった。

「やっぱり東京は騒がしいね」

瑞希が言った。

「そうだね。でも、俺たちにはこっちの方が合ってるのかも」

「うん、そう思う」

自分のアパートに戻ると、久しぶりの我が家という感じがした。三日間だけだったが、普段とは違う環境で過ごすと、改めて自分の生活を客観視できる。

その夜、陽太を寝かしつけた後、陽介は瑞希と旅行の感想を話し合った。

「拓真さんたち、本当に幸せそうだったね」

「うん。最初は東京を離れるのを不安がってたけど、結果的には良かったんだろうね」

「人生って分からないものね」

瑞希の言葉に、陽介は深く頷いた。

その後、陽介は一人でベランダに出た。洗濯物を干しながら、夜空を見上げた。都心の空は星があまり見えないが、それでも静かな時間だった。

洗濯物を干し終えると、陽介は空を見上げたまま、過去のことを思い出していた。

五年前の「最低な一日」のこと。歯磨き粉、小指、PASMO、電車でのトラブル。当時はそれらがとても大きな問題のように思えていた。

でも今思えば、あの日があったからこそ、拓真と会う機会ができた。そして拓真の転勤を知り、今回の宇都宮訪問にも繋がった。

もしあの日、何のトラブルもない完璧な一日だったら、拓真とLINEでやり取りすることもなく、久しぶりに会うこともなかったかもしれない。そうなると、拓真の転勤も後から知ることになり、今回のような家族同士の交流も実現しなかっただろう。

陽介は小さくつぶやいた。

「最低な一日だった。でも、悪くなかった。」

その言葉は、五年前の自分への感謝の気持ちでもあった。小さなトラブルに悩んでいた当時の自分が、結果的には大切な時間を作ってくれていたのだ。

ベランダから見える街の明かりを眺めながら、陽介は今の生活について考えた。仕事は相変わらず忙しいが、充実している。瑞希と陽太という家族がいて、拓真のような親友もいる。母親も元気で、時々実家に顔を出すと美味しい手料理を作ってくれる。

決して劇的な人生ではないが、とても満足していた。

翌週の月曜日、陽介は会社で同僚たちに宇都宮旅行の話をした。

「友人に会いに行ったんですね。楽しかったでしょう」

後輩の山田が興味深そうに聞いた。

「うん、すごく良かった。久しぶりに会ったけど、変わらない友情を感じられて」

「いいですね。僕も大学時代の友人と、最近全然会えてないんです」

「たまには連絡してみたら?意外と相手も会いたがってるかもしれないよ」

陽介のアドバイスに、山田は頷いた。

その日の昼休み、陽介は拓真にメールを送った。

「先日はありがとうございました。家族みんな、とても楽しかったと言っています。今度は必ず東京に遊びに来てください。」

すぐに返信が来た。

「こちらこそ、ありがとう。陽太くんも瑞希さんも、本当にいい人だった。秋頃には東京に行けると思うので、その時はよろしく。」

陽介は微笑んだ。友情というのは、時間や距離を超えて続くものなのだと改めて感じた。

その日の夕方、陽介は定時で会社を出た。最近は残業も少なくなり、家族との時間を大切にできるようになっていた。

電車の中で、陽介はふと五年前のことを思い出した。あの日も定時で会社を出て、拓真と下北沢で会った。その時は、まさか五年後に家族同士で交流するとは想像もしていなかった。

人生は本当に予測がつかない。でも、それが面白いところでもある。

家に帰ると、瑞希が夕食の準備をしていた。陽太はリビングでおもちゃで遊んでいる。

「お疲れ様」

「ただいま」

いつもの何気ない挨拶だが、これこそが日常の幸せなのだと陽介は思った。

夕食後、家族三人でリビングでゆっくりと過ごした。陽太が絵本を読んでもらいたがったので、陽介が読み聞かせをした。

「おやすみなさい」

陽太を寝かしつけた後、陽介と瑞希はソファーで話をした。

「今度、拓真さんたちが東京に来る時は、どこを案内しようか」

「そうね。スカイツリーとか、浅草とか?」

「いいね。愛奈ちゃんも喜びそう」

そんな計画を立てながら、陽介は幸せを感じていた。

その夜、ベッドに入ってから、陽介は今日一日を振り返った。特別なことは何もない、普通の月曜日だった。でも、それでいいのだと思った。

特別な日ばかりが良い日なわけではない。何気ない日常の中にこそ、本当の幸せがあるのかもしれない。

五年前、歯磨き粉がないことで「最低な日」だと思った自分を思い出す。今となっては、その「最低な日」こそが、今の幸せに繋がる大切な一日だったのだと分かる。

人生とは、そういうものなのだろう。その時は分からなくても、後になって振り返ると、すべてが意味のあることだったと気づく。

陽介は目を閉じながら、小さくつぶやいた。

「明日もきっと、いい日になる。」

そして、安らかな眠りについた。

数年後、陽介が息子の陽太に語って聞かせることがあった。

「お父さんがお前ぐらいの年の時はね、小さなことですぐに『最低だ』って思っちゃう人だったんだ。歯磨き粉がないとか、電車で押されたとか、そんなことでね」

「それで?」

陽太は興味深そうに聞いた。

「でも今思うと、そういう『最低な日』があったから、拓真おじさんと出会い直せたし、お前たちとも会えるようになったんだ」

「よく分からない」

陽太は首をかしげた。

「そうだね、まだ難しいかな。でも、いつか分かる時が来ると思うよ。どんな日も、後から振り返ると意味があったって思える日が」

「ふーん」

陽太は興味なさそうに答えたが、陽介はかまわなかった。いつか息子にも、同じような気づきの瞬間が訪れるだろう。

陽介は今でも時々、五年前の「最低な一日」を思い出す。そして心の中で、あの日の自分に感謝している。

小さなトラブルに悩んでいた二十三歳の自分。その悩みがあったからこそ、大切な人との時間を作ることができた。

人生は本当に不思議だ。最低だと思った日が、実は最高の日への入り口だったりする。

だから今でも、嫌なことがあった日は思うようにしている。

「最低な一日だった。でも、悪くなかった。」

この言葉は、陽介にとって人生の魔法の言葉になった。どんな日も、いつか振り返った時に意味のある一日だったと思えるように。

そして陽介は今日も、家族とともに穏やかな日々を過ごしている。特別なことはないかもしれないが、それこそが何よりも大切な宝物なのだと知っている。

小さな幸せに気づける心を持ち続けながら。

おわり


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瀬尾(せお)

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