3世紀(201〜300年)の出来事年表

3世紀201〜300年

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PC版では、地域ごとの縦の線で出来事の流れを図として追えます。同じ時期に世界の別の場所で何が起きていたかが、ひと目で比べられます。

2世紀から続く
200年代

208年7月9日グレゴリオ暦 7月9日

後漢で三公制が廃止され、曹操が新設された丞相に就任。

アジア

210年代

211年2月4日グレゴリオ暦 2月4日

ローマ皇帝・セプティミウス・セウェルスが死去。彼の息子のカラカラとゲタが共同皇帝として即位するが、1年後カラカラがゲタを暗殺した。

ヨーロッパ

217年4月8日グレゴリオ暦 4月8日

ローマ皇帝カラカラが近衛隊長マクリヌスにより暗殺される。

ヨーロッパ

217年12月20日グレゴリオ暦 12月20日

ローマ教皇ゼフィリヌスが死去。カリストゥス1世が後任に選出されるが、神学者ヒッポリュトスに反対される。

ヨーロッパ

220年代

220年

★主な出来事後漢が滅び、三国時代が始まる

アジア

曹丕が後漢の献帝から位を譲られて魏を建て、後漢は滅んだ。続いて蜀と呉も皇帝を立て、中国は三国が並び立つ時代に入った。

出典:コトバンク:後漢(旺文社世界史事典 三訂版)(事典)

221年5月15日グレゴリオ暦 5月15日

劉備が皇帝に即位し蜀(蜀漢)が成立。

222年3月11日グレゴリオ暦 3月11日

帝政ローマの皇帝ヘリオガバルスが近衛隊プラエトリアニによって暗殺される。

ヨーロッパ

229年5月22日グレゴリオ暦 5月22日

呉の孫権が皇帝に即位。三国鼎立が成立。

アジア

230年代

235年11月21日グレゴリオ暦 11月21日

ローマ教皇アンテルスが即位。

ヨーロッパ

236年1月10日グレゴリオ暦 1月10日

ファビアヌスがローマ教皇に即位。

ヨーロッパ

238年3月22日グレゴリオ暦 3月22日

ゴルディアヌス1世と彼の息子ゴルディアヌス2世が共同皇帝としてローマ皇帝への即位を宣言。

ヨーロッパ

239年景初3年

★主な出来事卑弥呼が魏に使いを送る

日本アジア

邪馬台国の女王卑弥呼が中国の魏に使いを送り、「親魏倭王」の称号と金印を授けられた。中国の歴史書に記された倭の姿を伝える出来事である。

出典:コトバンク:卑弥呼(改訂新版 世界大百科事典)(事典)

250年代

254年5月12日グレゴリオ暦 5月12日

ステファヌス1世がローマ教皇に即位。

ヨーロッパ

260年代

260年6月2日グレゴリオ暦 6月2日

甘露の変:魏の皇帝曹髦(高貴郷公)が権臣司馬昭の暗殺を図って挙兵するも失敗し、司馬昭の腹心賈充に討たれる。新帝として奉戴された元帝もまた、司馬昭の子司馬炎(西晋の武帝)に簒奪されて魏は亡んだ。

アジア

266年12月18日グレゴリオ暦 12月18日

倭人が来て方物を献じる。(『晋書』武帝紀)

270年代

274年12月25日グレゴリオ暦 12月25日

ソル・インウィクトゥスの寺院がアウレリアヌス帝によって献上される。

275年9月25日グレゴリオ暦 9月25日

タキトゥスがローマ皇帝に即位。

ヨーロッパ

280年代

280年5月1日グレゴリオ暦 5月1日

呉の皇帝孫晧が晋に降伏し、晋(西晋)が全国統一。

アジア

285年7月21日グレゴリオ暦 7月21日

ローマ皇帝ディオクレティアヌスがマクシミアヌスを副帝に任命し、帝国の西側の統治者とする。

ヨーロッパ

286年4月1日グレゴリオ暦 4月1日

広大なローマ帝国の統治を単独で行うのは困難と考えた皇帝ディオクレティアヌスが、マクシミアヌスに皇帝権を分与し、ローマ帝国西側の西方正帝とする。

ヨーロッパ

286年10月25日グレゴリオ暦 10月25日

クリスピヌスとクリスピニアヌスが殉教(サンクリスピンデーの起源)。

4世紀へ続く
出来事人物名人物の誕生(地域の色)転換点(時代の大きな流れ)複数地域にまたがる出来事
参考にした Wikipedia の記事(19 件・CC BY-SA 4.0)

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執筆者: 瀬尾