自分を殺して家族にすべてを捧げ、ただ息をしているだけの様な毎日。
その音が聞こえない日々の中で、私たちは時を重ね、静かに老いていく。
終わりのない日々のように思えるが、きっとその先にはいい事があると信じて生きたい。
第一章 窓辺の午後
九月の午後二時。
佐伯誠一は縁側の籐椅子に腰を下ろし、庭先を眺めていた。まだ残暑が厳しく、セミの声が途切れることなく響いている。テレビからは昼のワイドショーの声が聞こえてくるが、内容は頭に入ってこない。
定年してからもう三年になる。
毎日がこんな調子だった。朝は六時に目が覚める。四十年間続けた習慣は、仕事がなくなっても変わらなかった。洗面を済ませ、朝食を取り、新聞を読む。妻の美和は相変わらず口数が少なく、必要最低限の会話しか交わさない。
「今日も暑いですね」
「そうね」
それだけだった。
誠一は手元のガラスコップを持ち上げ、ぬるくなった麦茶を一口飲んだ。氷はとうに溶けて、水っぽい味がした。
ピンポーン、と玄関チャイムが鳴った。
美和の足音が廊下を歩いていく。誰だろう。宅配便にしては早い時間だし、近所付き合いも最低限しかしていない。
「お疲れさま」
聞き覚えのある声に、誠一は振り返った。
「彩音か」
娘の彩音が、四歳の日和の手を引いて立っていた。久しぶりに見る娘の顔は、少し痩せたような気がした。日和は誠一を見つけると、少し身を隠すようにして母親の陰に隠れた。
「突然ごめんなさい。近くまで来たから」
「いえいえ、そんな」
美和が奥から冷たいお茶を用意してくる間、誠一は孫の日和を見つめていた。最後に会ったのはいつだったろう。正月だったか、それとも彩音の誕生日だったか。記憶が曖昧だった。
「日和ちゃん、おじいちゃんよ」
彩音が娘に声をかけるが、日和は恥ずかしそうに首を振った。
「人見知りなの。ごめんね、お父さん」
「いや、子供はそんなものだ」
誠一は立ち上がり、日和の目線に合わせてしゃがみ込んだ。近くで見ると、この子は彩音によく似ている。特に目元が。
「こんにちは」
誠一が小さく手を振ると、日和はもじもじしながらも、小さく手を振り返してくれた。その瞬間、誠一の胸に温かいものが流れた。
「お母さん、お疲れさま」
彩音が美和に挨拶をしているのを聞きながら、誠一は日和を見つめ続けていた。この子の笑顔を見ていると、なぜだか胸が締め付けられるような気持ちになった。
「座って座って。せっかく来てくれたんだから」
美和がお茶を出し、彩音は日和を膝に抱いて座った。
「お父さん、元気?」
「ああ、まあ」
「何か趣味とか、始めた?」
誠一は少し考えてから首を振った。
「特には。毎日散歩する程度かな」
実際には散歩も気が向いた時だけだった。特にやることもなく、ただ時間が過ぎるのを待っているような毎日だった。
日和が誠一の方をちらちらと見ている。その度に誠一は微笑みかけたが、日和はすぐに目を逸らしてしまう。
「この子、最近おしゃべりになってきて。でも人前では恥ずかしがりなの」
「そうか」
彩音との会話も、どこかぎこちなかった。昔からそうだった。誠一は娘とどう接していいか分からず、いつも遠慮がちになってしまう。彩音が中学生の頃から、父娘の距離は少しずつ広がっていったような気がした。
「お仕事、忙しいのか?」
「そうね、まあまあ。でも子育てもあるし、なんとかやってる」
彩音は結婚して遠くに住んでいる。月に一度電話をくれることがある程度で、顔を合わせるのは本当に久しぶりだった。
一時間ほど他愛のない話をして、彩音は帰っていった。
「また来ます」
そう言って玄関を出る時、日和が振り返って小さく手を振った。誠一も手を振り返した。
「バイバイ」
日和の小さな声が聞こえた気がした。
彩音たちが去った後、家の中は再び静寂に包まれた。美和は台所で洗い物をしている。誠一は縁側に戻り、庭を眺めた。
夕方が近づき、セミの声も少し弱くなってきた。風が頬を撫でて、ほんの少しだけ秋の気配を運んできた。
日和の笑顔が頭に浮かんだ。あの子が大きくなる頃、自分はまだ生きているだろうか。そんなことを考えながら、誠一は静かに目を閉じた。
第二章 誰のための時間だったか
その夜、誠一は布団の中で天井を見つめていた。隣では美和の寝息が聞こえている。規則正しい呼吸音が、部屋の静寂を際立たせていた。
今日、日和を見ていて思ったことがあった。
この子にとって、自分はどんな存在なのだろう。
誠一が小さかった頃、祖父は既に亡くなっていた。父親は無口で厳格な人だった。戦争を経験した世代特有の、感情を表に出さない人だった。誠一も自然とそうなった。
いや、違う。
誠一は薄暗い部屋で首を振った。
父親のせいにするのは違う。自分が選んだのだ。感情を押し殺し、ただ黙々と働く人生を。
大学生の頃は違った。
誠一は登山部に所属していた。山が好きだった。頂上から見える景色、澄んだ空気、仲間たちとの語らい。将来は山に関わる仕事がしたいと思っていた。
でも現実は違った。
卒業が近づくにつれ、親からの期待、社会の常識、安定した収入への不安。それらが重くのしかかってきた。結局、大手電機メーカーの営業職に就職した。
山登りは趣味程度に続けるつもりだった。でも結婚し、子供が生まれ、住宅ローンを組み、気がつけば週末も仕事の付き合いで潰れるようになった。
美和と出会ったのは、友人の紹介だった。彼女は真面目で、しっかりした女性だった。恋愛感情というより、「この人となら安定した家庭を築けそう」という判断で結婚を決めた。美和も同じような気持ちだったのではないかと思う。
新婚時代は悪くなかった。お互いに気を遣い、小さなアパートで慎ましやかな生活を送った。彩音が生まれた時は、本当に嬉しかった。小さな手足、無邪気な笑顔。父親になったという実感と責任感で胸がいっぱいだった。
でも、いつから歯車が狂い始めたのだろう。
彩音が小学生になる頃には、誠一は仕事に追われる毎日だった。朝早く出社し、夜遅く帰宅する。休日も接待ゴルフや部下との付き合いで家にいることは少なかった。
美和は文句を言わなかった。でも、その分、彩音の教育や家庭のことはすべて彼女が背負うことになった。誠一は「稼いでくるのが父親の役目」だと思い込んでいた。
彩音の学校行事にも、ほとんど参加できなかった。運動会、学芸会、授業参観。美和がひとりで行くことが多かった。
「お父さんは忙しいのよ」
美和が彩音にそう説明しているのを聞いて、誠一は罪悪感を感じながらも、何も変えることができなかった。
彩音が中学生になった頃から、父娘の会話は急激に減った。思春期という時期もあっただろうが、それ以上に、誠一が娘とどう接していいか分からなくなっていた。
高校受験、大学受験。彩音は優秀だったが、誠一はその過程にほとんど関わることができなかった。すべて美和が支えていた。
彩音が大学を卒業し、就職し、やがて結婚した。誠一は娘の人生の重要な局面で、いつも傍観者だった。
そして今。
誠一は四十年間働き続けた。昇進は思うようにいかず、部長職に就くことはなかった。特別な実績を残したわけでもない。ただ、毎日会社に行き、与えられた仕事をこなし、家族を養ってきた。
それだけだった。
自分の人生は何だったのだろう。
誠一は枕に顔を埋めた。美和の寝息が続いている。四十年以上連れ添った妻だが、最近は会話らしい会話もしない。お互いに老いて、もう言うべきことも言い尽くしてしまったような気がした。
でも今日、日和の笑顔を見た時、何かが動いた。
胸の奥で、長い間眠っていた何かが目を覚ましたような感覚だった。
この子のために、何かしてあげたい。
そんな気持ちが芽生えていることに、誠一自身が驚いていた。
第三章 会話の練習
それから一週間後、彩音から電話があった。
「お父さん、今度の日曜日、日和を連れて遊びに行きたいんだけど、いいかな?」
「もちろんだ。いつでも歓迎だよ」
誠一は思わず声が弾んだ。美和が振り返って少し驚いた顔をした。
日曜日の午前中、彩音と日和がやってきた。今度は日和も前回ほど人見知りしなかった。
「おじいちゃん、こんにちは」
小さな声だったが、しっかりと挨拶をしてくれた。
「こんにちは、日和ちゃん」
誠一は自然と笑顔になった。
美和がお茶とお菓子を用意している間、誠一は日和と向かい合って座った。
「日和ちゃん、何歳になったの?」
「よんさい」
「そうか、四歳か。大きくなったね」
「うん」
日和は持参した色鉛筆とスケッチブックを取り出した。
「おえかき、すき」
「上手に描けるのか」
「うん。みて」
日和は真剣な顔でクレヨンを走らせ始めた。誠一はその集中した横顔を見つめていた。小さな手で一生懸命に絵を描く姿が、とても愛らしく思えた。
「できた」
日和が描いたのは、太陽と雲と、棒人間のような家族の絵だった。
「これ、だあれ?」
誠一が指差すと、日和は嬉しそうに説明し始めた。
「これね、ままと、ぱぱと、ひよりちゃん」
「みんな笑ってるね」
「うん、げんきだから」
その無邪気な言葉に、誠一は胸が温かくなった。
彩音が美和と話をしている声が聞こえてきた。
「お母さん、最近お父さんの様子はどう?」
「まあ、相変わらずよ。でも少し元気になったような気もするわ」
「そう?」
「あなたたちが来てくれるようになってから、なんとなく」
誠一は耳をそばだてていたが、日和に話しかけられて意識をそちらに向けた。
「おじいちゃん、これなあに?」
日和が庭の方を指差している。見ると、小さな虫が飛んでいた。
「あれはトンボだよ」
「とんぼ?」
「そう。羽根が四枚あって、空を飛ぶ虫だ」
「すごい」
日和は目を輝かせてトンボを見つめていた。その純粋な驚きの表情を見ていると、誠一も久しぶりに世界が新鮮に感じられた。
昼食を一緒に食べることになった。美和が簡単なちらし寿司を作ってくれた。
「いただきます」
みんなで手を合わせて食事を始めた。日和は行儀よく座って、上手にお箸を使って食べていた。
「日和ちゃん、お箸上手だね」
「ままが、おしえてくれた」
「そうか、彩音が教えてくれたのか」
誠一は娘を見た。彩音は照れたように微笑んだ。
「この子、覚えるのが早いの」
食事の間、日和は誠一にいろいろな質問をした。
「おじいちゃんは、おしごと、なにしてたの?」
「お父さんは会社で働いていたのよ」
彩音が代わりに答えた。
「かいしゃ?」
「そう。大きな建物で、たくさんの人と一緒にお仕事をしていたの」
誠一は自分の仕事について、どう説明していいか分からなかった。営業職で、毎日取引先を回り、資料を作り、会議に出席して。それを四歳の子供にどう伝えればいいのだろう。
「おじいちゃんは、みんなのために一生懸命働いていたのよ」
美和が穏やかな声で言った。誠一は妻を見つめた。そんな風に言ってもらえるとは思わなかった。
食事が終わると、日和は再びお絵かきを始めた。今度は誠一も一緒に描くことになった。
「おじいちゃんも、かいて」
「私は絵が下手だよ」
「だいじょうぶ。たのしいよ」
日和に勧められて、誠一は久しぶりにクレヨンを手に取った。何を描いていいか分からず、とりあえず山の絵を描いてみた。
「やま?」
「そう、山だ」
「きれい」
日和は誠一の絵を見て、素直に感想を言ってくれた。その反応が嬉しくて、誠一はもう少し描き足してみた。
彩音と美和は台所で洗い物をしながら話をしていた。
「お父さん、日和のこと、すごく可愛がってくれてるのね」
「そうね。あの人も孫ができて、少し変わったみたい」
「子供の頃、お父さんって忙しくて、あまり遊んでもらった記憶がないから」
「お父さんなりに、家族のことを考えてくれていたのよ」
誠一は手を止めて、台所の方を見た。彩音がそんな風に思っていたとは知らなかった。
確かに、娘が小さい頃、一緒に遊んだ記憶はほとんどない。いつも仕事のことで頭がいっぱいで、家にいても疲れていることが多かった。
「ごめんね」
誠一は小さくつぶやいた。
「えっ?」
日和が顔を上げた。
「何でもないよ。続きを描こうか」
誠一は再びクレヨンを手に取った。でも胸の奥には、小さな後悔がずっと残っていた。
第四章 もう一度、家族になれるなら
十月に入ると、少しずつ涼しくなってきた。誠一は毎日の散歩コースを変えて、近所の公園まで足を伸ばすようになった。
なぜだろう。日和と過ごした時間を思い出すと、もう少し積極的に生きてみたい気持ちになった。
ある日の夕方、散歩から戻ると、彩音から電話があった。
「お父さん、今度の土曜日、日和と公園に行かない?」
「私がか?」
「うん。お母さんも一緒でもいいけど、たまにはお父さんと日和だけで過ごしてみたら?」
誠一は少し驚いた。彩音から、そんな提案をされるとは思わなかった。
「でも、私一人で子供の面倒を見られるかな」
「大丈夫よ。日和もお父さんのこと、『やさしいおじいちゃん』って言ってるし」
その言葉を聞いて、誠一の胸が温かくなった。
土曜日の午前中、誠一は日和の手を引いて公園に向かった。
「おじいちゃん、こうえん、たのしみ」
「そうだね。何をして遊ぼうか」
「ぶらんこ」
「ブランコか。いいね」
公園には他にも親子連れが来ていた。誠一は久しぶりに見る、そんな光景が新鮮に感じられた。
日和をブランコに乗せて、軽く後ろから押してあげた。
「もっと」
「もう少し高く?」
「うん」
日和の嬉しそうな声を聞いていると、誠一も自然と笑顔になった。
滑り台、砂場、鉄棒。日和は次々と遊具に挑戦した。誠一はその度に手を貸し、褒めてあげた。
「すごいね、日和ちゃん」
「みて、みて」
日和は得意そうに鉄棒にぶら下がった。
一時間ほど遊んだ後、ベンチで休憩した。
「のど、かわいた」
誠一は持参した水筒を日和に渡した。
「ありがとう」
日和は水を飲みながら、誠一を見上げた。
「おじいちゃん、やさしい」
その言葉に、誠一は胸がいっぱいになった。
「日和ちゃんも、いい子だね」
「うん」
日和は満足そうに頷いた。
公園の帰り道、誠一は日和と一緒に昔住んでいた団地の跡地を通った。今はマンションが建っているが、誠一にとっては思い出深い場所だった。
彩音が生まれて最初に住んだのが、この団地だった。
「おじいちゃん、ここなあに?」
「昔、おじいちゃんと彩音おばちゃんが住んでいたところだよ」
「そうなの?」
「そう。彩音おばちゃんが赤ちゃんの時ね」
誠一は当時のことを思い出していた。狭いアパートだったが、家族三人で過ごした温かい時間があった。彩音が初めて歩いた時、初めて「パパ」と言った時。そんな瞬間を、今でも鮮明に覚えている。
いつから、あの温かさを失ってしまったのだろう。
家に戻ると、彩音が迎えてくれた。
「どうだった?」
「楽しかったよ。日和ちゃんも喜んでくれたし」
「よかった」
彩音は安心したような表情を見せた。
夕方、彩音と日和が帰る時、玄関先で少し立ち話をした。
「彩音」
「なに?」
誠一は少し迷ってから口を開いた。
「君が小さい頃、もっと一緒に過ごしてあげればよかった」
彩音は驚いた顔をした。
「え?」
「いつも仕事ばかりで、君の成長を見守ってあげられなかった。ごめんね」
誠一の突然の謝罪に、彩音は目を潤ませた。
「お父さん」
「今更言っても仕方ないけど、ずっと後悔していたんだ」
彩音は少し考えてから、穏やかな声で答えた。
「お父さんって、私に怒ったことなかったよね」
「え?」
「他の友達の家では、お父さんが怒鳴ったりすることもあったけど、お父さんは一度も私に怒ったことがなかった」
誠一はその言葉の意味を考えた。
「それに、いつも家族のことを第一に考えてくれていたでしょう?お母さんのことも、私のことも」
「でも、一緒にいる時間が少なかった」
「確かにそうかもしれない。でも、お父さんなりに愛してくれていたこと、分かってるよ」
彩音の言葉に、誠一は救われた気持ちになった。
「ありがとう」
「お父さんこそ、ありがとう。今、こうして日和と過ごしてくれて」
彩音たちを見送った後、誠一は美和と夕食を取った。
「彩音、何か言ってた?」
「色々と」
誠一は今日の出来事を美和に話した。美和は黙って聞いていたが、最後に小さくつぶやいた。
「よかったわね」
「何が?」
「彩音と、ちゃんと話ができて」
美和の声には、いつもにない温かさがあった。
第五章 僕らは、ただ息をしていた
十一月の初旬、日和が熱を出したという連絡があった。彩音は心配そうな声で電話をかけてきた。
「お母さんにお聞きしたいことがあるの。子供の看病について」
美和が電話に出て、彩音と長い間話をしていた。誠一は隣で聞いていたが、美和の的確なアドバイスに感心した。
「解熱剤は何度から使う?」
「三十八度五分を超えたら、でも機嫌がよければ様子を見てもいいのよ」
「水分補給は?」
「少しずつ頻繁に。一度にたくさん飲ませると吐いちゃうから」
美和は彩音が子供の頃の経験を思い出しながら、丁寧に説明していた。
電話が終わった後、誠一は美和に声をかけた。
「詳しいんだね」
「当たり前でしょう。彩音を育てたんだから」
「そうか」
誠一は改めて思った。美和は四十年近く、母親として家族を支えてきた。自分が仕事に追われている間、家庭のことはすべて彼女が背負っていた。
「美和」
「なに?」
「ありがとう」
美和は少し驚いた顔をした。
「急にどうしたの?」
「彩音のことも、家のことも、ずっと君がやってくれていたから」
美和は照れたように笑った。
「今さら何言ってるのよ」
でもその表情は、嬉しそうに見えた。
三日後、日和の熱が下がったという連絡があった。彩音は安堵の声で話していた。
「お母さんのアドバイス通りにしたら、すぐによくなったの」
「そりゃあよかった」
その夜、誠一と美和は久しぶりにお酒を飲んだ。
「彩音も母親になったのね」
「そうだな」
「日和ちゃんも、いい子に育ってる」
「美和が彩音をよく育てたからだろう」
美和は少し考えてから口を開いた。
「あなた、最近少し楽しそうね」
「そうかな?」
「日和ちゃんと過ごすようになってから」
誠一は自分でも気づいていた。確かに毎日が少し明るく感じられるようになった。
「孫は可愛いからな」
「そうね」
美和も微笑んだ。
「でも、彩音が小さい頃は、あなたもああだったのよ」
「え?」
「覚えてない?彩音が生まれたばかりの頃、あなた、すごく嬉しそうだった」
誠一は思い出そうとした。確かに、彩音が生まれた時は感動した。でも、その後の記憶は曖昧だった。
「仕事が忙しくなって、家にいる時間が少なくなったけど、あなたなりに家族を大切に思ってくれていたのは分かってたわ」
「そうだったかな」
「そうよ。不器用だったけど」
美和の言葉に、誠一は胸が温かくなった。
翌週、日和が体調を完全に回復させて遊びに来た。
「おじいちゃん、げんき?」
「元気だよ。日和ちゃんこそ、もう大丈夫?」
「うん、だいじょうぶ」
日和は元気いっぱいに答えた。
今日は、日和が誠一にプレゼントを持ってきていた。
「おじいちゃん、これ」
小さな手で差し出されたのは、手作りの絵だった。
「これは?」
「おじいちゃんの、えがお」
絵には、大きく笑った顔が描かれていた。そして、下の方に「ありがとう」という文字が、ひらがなで書かれていた。
「ありがとう?」
「うん。いつも、やさしいから」
日和の純粋な言葉に、誠一は胸がいっぱいになった。
「こちらこそ、ありがとう」
誠一は日和を抱きしめた。小さな体が温かかった。
その時、誠一は気づいた。
自分の人生は、決して無意味ではなかった。
四十年間、毎日会社に通い、家族を支えてきた。昇進はしなかったし、特別な実績も残さなかった。でも、それでよかったのかもしれない。
家族を養い、彩音を育て、今こうして孫と過ごす時間を得られた。
自分なりの愛の形だったのかもしれない。
最終章 生きていて、よかった
十二月の始め、誠一は日和と一緒に近所を散歩していた。
風はすっかり冷たくなり、街路樹の葉も色づいていた。
「おじいちゃん、さむい」
「そうだね。でも、きれいな景色でしょう?」
「うん、きれい」
日和は誠一の手をしっかりと握りしめていた。その小さな手の温もりが、誠一の心を暖めていた。
商店街を歩いていると、昔の同僚に会った。
「佐伯さん、元気でしたか?」
「ああ、田中さん。お元気そうで」
田中は誠一より二歳年上で、同じ時期に定年退職していた。
「可愛いお孫さんですね」
「ありがとうございます」
日和は恥ずかしそうに誠一の陰に隠れた。
「私も先月、初孫が生まれましてね。可愛くて仕方ありません」
「そうですか。それはよかった」
田中と少し立ち話をした後、誠一と日和は歩き続けた。
「おじいちゃん、おともだち?」
「そう。お仕事を一緒にしていた人だよ」
「おしごと、たのしかった?」
日和の質問に、誠一は少し考えた。
楽しかったか、と聞かれると、正直なところ分からない。毎日必死で、楽しむ余裕なんてなかった。でも、後悔しているかと言われれば、それも違う気がする。
「まあまあ、楽しかったよ」
「そうなんだ」
日和は満足そうに頷いた。
公園のベンチで少し休憩した。日向は暖かくて、心地よかった。
「おじいちゃん」
「なに?」
「いつも、いっしょにいられる?」
日和の素直な質問に、誠一は胸が締め付けられた。
自分はもう六十八歳。この子が大きくなる頃まで、元気でいられるだろうか。
「ずっと、というわけにはいかないかもしれないけど、できるだけ長く一緒にいたいね」
「うん」
日和は誠一の手を握った。
「おじいちゃん、だいすき」
「私も、日和ちゃんが大好きだよ」
誠一は本心からそう答えた。
家に戻ると、美和と彩音が夕食の準備をしていた。
「お疲れさま」
彩音が声をかけてくれた。
「今日はありがとう、お父さん」
「こちらこそ。楽しかったよ」
夕食は家族四人で食べた。久しぶりに、こんなに賑やかな食卓だった。
食事が終わった後、彩音が誠一に話しかけた。
「お父さん、来年のお正月、うちに来ない?」
「私たちが?」
「うん。久しぶりに、みんなでお正月を過ごしたいの」
誠一は美和を見た。美和も悪い顔をしていない。
「そうだね。お邪魔にならなければ」
「お邪魔だなんて。家族でしょう?」
彩音の言葉に、誠一は温かい気持ちになった。
その夜、彩音たちが帰った後、誠一は縁側に座って夜空を見上げた。
星がきれいに見えた。
美和が隣に座った。
「今日も楽しかったわね」
「そうだな」
「彩音も嬉しそうだった」
「ああ」
二人はしばらく無言で星を見ていた。
「美和」
「なに?」
「君と結婚してよかった」
美和は少し驚いたような顔をしたが、すぐに微笑んだ。
「私もよ」
そして、少し間を置いてからつぶやいた。
「生きていて、よかったわね」
その言葉が、誠一の胸に深く響いた。
そうだ。生きていて、よかった。
何かを為したわけじゃない。偉大な功績を残したわけでもない。ただ、毎日を真面目に生き、家族を支え、息をし続けてきた。
それだけでよかったのだ。
誠一は深く息を吸った。秋の夜の冷たい空気が肺に入った。
僕らは、ただ息をしていた。
でも、それが愛だったのかもしれない。
家族への愛、生きることへの愛。
不器用で、時には伝わらなかったかもしれないけれど、確かにそこにあった愛。
翌朝、誠一は早起きして散歩に出た。
住宅街を歩きながら、いろいろなことを考えた。
これからの人生をどう過ごそう。
日和がもう少し大きくなったら、一緒に山登りをしてみたい。簡単なハイキングから始めて、きれいな景色を見せてあげたい。
美和ともう少し話をしよう。四十年以上一緒にいるのに、まだ知らないことがたくさんありそうだ。
彩音ともっと時間を過ごそう。娘が小さい頃にできなかったことを、今からでも少しずつ。
特別なことは何もできないかもしれない。でも、普通に生きること、家族と時間を過ごすこと、それだけで十分なのかもしれない。
散歩から戻ると、美和が朝食の準備をしていた。
「おかえりなさい」
「ただいま」
いつもの短い挨拶だったが、今日は少し違って聞こえた。
朝食を食べながら、美和が言った。
「今度、彩音たちと温泉でも行きましょうか」
「それもいいね」
「日和ちゃんも喜ぶでしょうし」
「そうだな」
誠一は微笑んだ。
窓の外では、小鳥が鳴いていた。今日も一日が始まる。
特別なことはないかもしれない。でも、それでいい。
家族がいて、健康で、静かに過ごせる日々がある。
それだけで、十分に幸せだった。
誠一は深く息を吸った。
生きていて、よかった。
心からそう思えた。
おわり
最後まで読んで頂いて有難うございました。
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