AI短編小説｜悲しみを食べつくす

いつから食べ物に味がしなくなったのだろう。
口に運ぶものすべてが、まるで紙を噛んでいるみたいに感じられて。
でも、生きていくためには食べなければならないから、ただ機械のように口を動かしていた。

第一章　味がしない
第二章　ただの味噌汁
第三章　台所の中で
第四章　食卓を囲むということ
第五章　悲しみを食べつくす

第一章　味がしない

十二月の終わり、夏芽の部屋には誰もいなかった。

テーブルの上には、昨日買ったコンビニ弁当の空容器が三つ。どれも半分ほど残して蓋をしたまま、放置されている。冷蔵庫の中には、賞味期限の切れた豆腐と、萎びたレタスと、開封してから一週間以上経つ牛乳があった。

スマートフォンの画面には、友人たちの楽しそうな忘年会の写真が次々と流れていく。華やかな料理に囲まれた笑顔。煌めくイルミネーション。そんな光景を見ていると、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。

「また連絡するね」

そう言って電話を切ったきり、もう一週間が過ぎていた。

夏芽は窓の外を見た。小雪が舞っている。今年の冬は例年より寒いと、ニュースで言っていた。でも、寒いのか暖かいのか、もうよくわからない。三ヶ月前から、すべての感覚が鈍っていた。

弟の柊が死んでから。

二十歳だった柊は、バイクで通学途中に信号無視のトラックにはねられた。あっという間の出来事だった。朝、いつものように「いってきます」と言って出かけた弟が、もう二度と帰ってこない。そんなことが、本当に起こるなんて思わなかった。

夏芽は重い体を起こし、コートを羽織った。冷蔵庫に何もないなら、何か買いに行かなければ。スーパーに向かう足取りは重く、道行く人たちの話し声も、車の音も、すべてが遠くに聞こえる。

スーパーの総菜コーナーで、夏芽は唐揚げのパックを手に取った。柊の好物だった。そう思った瞬間、手が震えて、パックを床に落としそうになる。慌てて元の場所に戻し、代わりに煮物のパックを掴んだ。

レジで会計を済ませ、外に出ると、雪が強くなっていた。頬に当たる雪が痛い。いや、痛いと感じることができたのは、久しぶりかもしれない。

アパートまでの道のり、夏芽の足は重くなる一方だった。途中、見慣れない小さな看板が目に入る。「土井食堂」。古びた文字が、薄暗い夕暮れの中でわずかに光っている。

あまりの寒さに、夏芽は思わずその扉を押した。

第二章　ただの味噌汁

店の中は思いのほか暖かかった。

古い木のテーブルが四つ。座席数は多くない。壁には昭和の映画のポスターが貼られ、カウンターの向こうから湯気が立ち上っている。客は夏芽一人だけ。

「いらっしゃい」

低い声がカウンターの奥から聞こえた。年の頃は三十前後だろうか。白いエプロンをつけた男性が、無表情のまま夏芽を見ている。

「あの、定食を」

声が掠れていた。久しぶりに他人と話すからだろうか。

「何がいい？」

メニューを見ると、どれも手頃な値段だった。生姜焼き定食、鮭定食、肉じゃが定食。どれを選んでも同じような気がして、夏芽は適当に指差した。

「生姜焼きで」

男性は無言で頷き、厨房に戻っていく。包丁の音、フライパンの音、そして何かがぐつぐつと煮える音。久しぶりに聞く、生きた料理の音だった。

十分ほどして、定食が運ばれてきた。生姜焼き、小鉢、そして味噌汁。どれも素朴で、飾り気がない。

夏芽は箸を手に取り、まず生姜焼きを口に入れた。ちゃんと味がする。でも、どんな味なのかは分からない。味覚があることは確認できるけれど、それが美味しいのか美味しくないのか、判断がつかない。

小鉢のほうれん草のお浸しも同じだった。口の中で噛んで、飲み込んで、ただそれだけ。

最後に、味噌汁を口に運んだ。

その瞬間、涙が頬を伝った。

なぜ泣いているのか、自分でもわからない。味噌汁はただの味噌汁だった。豆腐とわかめが入っていて、出汁の香りがして、ほんのり温かい。それだけのはずなのに、涙が止まらない。

「大丈夫ですか？」

店主が心配そうに声をかけてきた。夏芽は慌てて涙を拭おうとしたが、次から次へと溢れてくる。

「すみません、なんで泣いてるのか、自分でもわかんないんです」

声が震えていた。三ヶ月間、ずっと堪えていたものが、一気に溢れ出そうとしている。

店主は何も言わず、テーブルの上にティッシュの箱を置いた。それから、静かにカウンターの向こうに戻っていく。

夏芽は一人、味噌汁を飲み続けた。一口飲むたびに、涙が出る。なぜか、止められない。でも、不思議と嫌な気持ちではなかった。むしろ、久しぶりに何かを感じることができている、そんな安堵感があった。

味噌汁を飲み干すと、涙も自然と止まった。会計を済ませるとき、店主は何も尋ねなかった。ただ、「また来てください」と言っただけ。

外に出ると、雪はやんでいた。夜空に星が見える。久しぶりに、空を見上げた気がした。

第三章　台所の中で

翌日、夏芽は再び土井食堂の扉を押していた。

昨夜、アパートに帰ってから、久しぶりにぐっすりと眠ることができた。朝、目が覚めたとき、お腹が空いていることに気づいた。空腹を感じたのは、いつぶりだろう。

店内は昨日と同じように静かだった。客は一人もいない。店主の朔夜は、カウンターの向こうで野菜を刻んでいる。

「いらっしゃい」

昨日と同じ、素っ気ない挨拶。でも、夏芽にはそれが心地よく感じられた。余計な詮索をされない安心感。

「昨日と同じものを」

朔夜は頷き、再び厨房に向かった。今日は生姜焼きではなく、鮭定食を作り始める。

「あの」

夏芽は思い切って声をかけた。

「何か、お手伝いできることはありませんか？」

朔夜の手が止まった。振り返って、夏芽の顔をじっと見る。

「なんで？」

「特に理由はないんです。ただ、じっとしているのが辛くて」

しばらく沈黙が続いた。そして、朔夜は小さくため息をついた。

「野菜洗うくらいなら」

夏芽は思わず立ち上がった。エプロンを借りて、カウンターの向こうに回る。古い厨房には、洗いかけの大根やニンジンが置かれていた。

「これを洗えばいいんですか？」

「泥をちゃんと落として。皮は剥かなくていい」

朔夜の指示に従い、夏芽は大根を丁寧に洗い始めた。冷たい水に手を浸すと、久しぶりに指先の感覚が蘇る。泥が少しずつ流れていく様子を見ていると、なぜか心が落ち着いた。

「料理って、こんなに静かなんだ」

思わず呟いた言葉に、朔夜が振り返る。

「静か？」

「はい。包丁の音とか、水の音とか、ちゃんと聞こえるから」

朔夜は何も答えなかったが、口元がわずかに緩んだような気がした。

その日から、夏芽は毎日のように土井食堂に通うようになった。最初は野菜洗いだけだったが、だんだんと任される仕事が増えていく。大根の皮剥き、ニンジンの千切り、出汁を取るためのコンブの準備。

手を動かしていると、頭の中が空っぽになる。柊のことを考えなくて済む時間が、少しずつ増えていった。そして、料理の匂いに囲まれていると、昔の記憶が蘇ることがある。

母と一緒にクッキーを焼いた小学生の頃。柊が初めて目玉焼きを作って、黄身を潰してしまって泣いた日。大学の友達と鍋パーティーをしたとき、誰も料理ができなくて、みんなでレシピを見ながら悪戦苦闘したこと。

料理には、人の記憶が染み付いている。そんなことを、夏芽は初めて実感した。

第四章　食卓を囲むということ

十二月も押し迫った頃、夏芽の携帯に懐かしい着信音が鳴った。

「梨緒？」

「夏芽！久しぶり。元気にしてる？」

大学時代の親友、風見梨緒からの電話だった。明るい声だったが、どこか無理をしているような感じがする。

「うん、まあ。梨緒こそ、どうしたの？急に」

「実は今度、東京に戻ってくるの。お仕事の関係で。もしよかったら、会えない？」

梨緒は大学卒業後、地方の会社に就職していた。確か、家族の事情で地元に帰ったのだったと思う。

「もちろん。いつでも大丈夫よ」

「ありがとう。実は、いろいろ話したいことがあって」

電話を切った後、夏芽は久しぶりに誰かに会うことへの期待を感じていた。でも同時に、不安もあった。三ヶ月間、ほとんど人と接していない自分が、ちゃんと普通に話せるだろうか。

数日後、梨緒がやってきた。駅で待ち合わせた彼女は、相変わらず元気そうに見えたが、よく見ると頬がこけている。痩せたのか、それとも疲れているのか。

「夏芽！」

梨緒は夏芽を見つけると、飛び跳ねるように駆け寄ってきた。でも、抱きしめられた瞬間、夏芽は気づいた。梨緒の体が震えている。

「どうしたの？」

「ちょっと、話したいことがあるの。どこか静かなところで」

夏芽は迷わず、土井食堂に向かった。朔夜に事情を説明すると、彼は無言で頷き、いつものように厨房に向かった。

「ここ、初めて来た」

梨緒は店内を見回しながら言った。

「最近、よく来るの。店主さんが優しくて」

「店主さん？」

朔夜がお茶を運んでくると、梨緒は丁寧に頭を下げた。そして、夏芽と向かい合って座る。

「実は」

梨緒は湯飲みを両手で包むようにして、ゆっくりと話し始めた。

「お父さんが、借金作って蒸発したの」

夏芽の手が止まった。

「お母さんは鬱になっちゃって、入院してる。私一人で何とかしなきゃいけないんだけど、どうしていいかわからなくて」

梨緒の声は震えていた。いつも明るくて、前向きで、みんなのムードメーカーだった梨緒が、今にも泣き出しそうな顔をしている。

「梨緒」

「ごめん、愚痴を聞いてもらうつもりじゃなかったんだけど。夏芽に会ったら、何だか安心しちゃって」

夏芽は梨緒の手を握った。冷たくて、細い手だった。

「一人で抱え込まないで。私にできることがあったら、何でも言って」

その時、厨房から美味しそうな匂いが漂ってきた。朔夜が何か作っているようだ。

「お腹空いてない？何か食べよう」

夏芽は梨緒を連れて厨房に向かった。朔夜に事情を話すと、彼は黙って材料を差し出してくれた。

「一緒に作ろう。料理してると、気が紛れるから」

夏芽と梨緒は、朔夜に教わりながら肉じゃがを作った。梨緒の包丁さばきはぎこちなかったが、一生懸命に野菜を切っている。その横顔を見ていると、大学時代の料理下手な梨緒を思い出す。

「あの頃と変わらないね」

「何が？」

「料理、相変わらず下手」

梨緒はくすっと笑った。久しぶりに見る、本当の笑顔だった。

出来上がった肉じゃがは、味が少し薄かった。醤油が足りなかったのか、砂糖が少なかったのか。でも、三人で食べるとなぜか美味しく感じる。

「やっと食べられた」

梨緒がぽつりと言った。

「食べられた？」

「ここ一ヶ月くらい、ちゃんと食べられなくて。食べても味がしないし、すぐお腹いっぱいになっちゃうし」

夏芽はハッとした。それは、自分がずっと感じていたことと同じだった。

「私も、そうだった」

「え？」

「弟が死んでから、ずっと何を食べても味がしなくて。でも、ここの味噌汁を飲んだら、なぜか涙が出て」

梨緒は驚いたような顔をして、夏芽を見た。

「弟さんが？」

夏芽は三ヶ月前のことを、初めて誰かに話した。バイク事故のこと、突然の別れのこと、そして食べることができなくなったこと。話しているうちに、また涙が出てきた。でも、今度は一人じゃない。

「辛かったね」

梨緒も泣いていた。お互いの痛みが、重なり合うように感じられる。

朔夜は何も言わず、ただ静かに肉じゃがをおかわりしてくれた。その温かさが、二人の心を包んでいく。

第五章　悲しみを食べつくす

二月の終わり、夏芽は早朝からキッチンに立っていた。

今日は柊の命日。あれから五ヶ月が過ぎている。この日のために、夏芽は準備していたことがあった。

弁当を作ること。

それも、ただの弁当ではない。柊が一番好きだった唐揚げ弁当。高校時代、部活帰りによく買って帰っていた、コンビニの唐揚げ弁当を再現してみたかった。

鶏肉を醤油とニンニクで下味をつけ、片栗粉をまぶして油で揚げる。土井食堂で覚えた手順を思い出しながら、一つ一つ丁寧に作業を進める。

ご飯は少し固めに炊いて、小さな梅干しを一つ載せる。柊はいつも最初に梅干しを食べて、それから唐揚げに手を伸ばしていた。

卵焼きも作った。甘めの味付けで、柊が子供の頃に母がよく作ってくれた味。ほうれん草のお浸し、プチトマト、そして白いご飯。シンプルだけれど、愛情のこもった弁当。

弁当箱の蓋を閉めて、夏芽は外に出た。向かったのは、柊がよく一人で来ていた公園。桜の木の下にあるベンチが、彼のお気に入りの場所だった。

二月の風は冷たかったが、陽射しは春めいている。ベンチに座り、弁当箱を開ける。唐揚げの匂いが、風に乗って運ばれていく。

「柊、作ってきたよ」

空に向かって話しかける。返事はない。でも、風が頬を撫でていく感触が、まるで柊が隣にいるような気がした。

夏芽は箸を手に取り、唐揚げを一つ口に入れた。ちゃんと味がする。醤油の香ばしさ、ニンニクの風味、そして鶏肉の旨味。自分で作ったとは思えないほど、美味しかった。

「結構上手にできた」

独り言のように呟きながら、夏芽は弁当を食べ続けた。一口食べるたびに、柊との思い出が蘇る。

小学生の頃、母の作った弁当を二人で分け合って食べたこと。中学生になって、柊が初めて自分で弁当を作ろうとして、卵焼きを真っ黒に焦がしたこと。高校の文化祭で、夏芽が作った手作り弁当を「姉ちゃんの料理、上達したね」と言って完食してくれたこと。

涙は出なかった。

悲しみはある。でも、それは重苦しい悲しみではない。温かくて、優しい悲しみ。柊との時間が確かにあったということの証拠のような、そんな悲しみ。

弁当を食べ終わったとき、夏芽の心は不思議なほど軽やかだった。五ヶ月間抱え続けてきた重いものが、少しずつ消化されていく感覚。

「悲しみは、食べつくせるんだと思った」

風が桜の枝を揺らし、まだ固い蕾が小さく震えている。もうすぐ春がやってくる。新しい季節の始まり。

夏芽は弁当箱を片付け、立ち上がった。明日から、また土井食堂に通おう。梨緒とも会う約束をしている。朔夜の作る味噌汁も飲みたい。

食べることは、生きること。

そして、誰かを想いながら食べることは、その人との絆を確かめ直すこと。

夏芽は公園を後にして、新しい一歩を踏み出した。心の中に、柊の笑顔を抱きながら。

食べることは、ただ栄養を摂ることではない。記憶を噛みしめ、想いを飲み込み、そして愛する人との時間を体の中に取り込むこと。悲しみもまた、ゆっくりと時間をかけて消化していくものなのかもしれない。そして最後に残るのは、確かにそこにあった愛情の味なのだ。

おわり

最後まで読んで頂いて有難うございました。
お願いがあります。
この小説は有料版のChatGPTを使用して執筆しています。
そこで、もしAmazonでお買い物予定がある方は以下のリンクから購入して頂けると広告収入が入って助かります。
あなたに直接的な負担はありません。

広告収益をChatGPT有料版の費用にさせて下さい。
(Amazonアソシエイト広告です。)