深夜のコンビニは、傷ついた魂たちが静かに集う場所なのかもしれない。
白い照明に照らされた商品棚の間を、見えない何かがそっと通り過ぎていく。
そして時として、本当に必要なものは、棚の一番奥に隠されているのだった。
第1章 深夜2時の来訪者
十二月の風が店の自動ドアを震わせるたび、沢村志保は顔を上げた。深夜2時。住宅街のコンビニは静寂に包まれ、蛍光灯だけが変わらずに白い光を投げかけている。
志保は淡々とレジ周りの清掃を続けた。28歳になった今、夜勤のコンビニ店員という仕事に特別な感情を抱くことはない。ただ、日中の世界と距離を置き、人との関わりを最小限に抑えられるこの時間が、彼女には合っていた。
雑誌コーナーの前で、高校生の山下悠馬が立ち読みをしている。制服のブレザーは少し大きく、細身の体を包んでいた。彼はもう三週間ほど、決まった時間にやってきて、同じように雑誌を眺めては何も買わずに帰っていく。
志保は彼を見つめながら、自分にも似たような時期があったことを思い出していた。居場所を求めて、でも誰とも関わりたくなくて、ただそこにいることだけが許される場所を探していた時期が。
悠馬は雑誌を棚に戻すと、志保に軽く会釈をして店を出ていった。いつものことだ。
午前0時ちょうど。チャイムが鳴り、今度は見慣れない人物が入ってきた。
髪はボサボサで、年季の入ったコートを羽織った初老の男性。顔には無精髭が生え、どこか浮浪者のような風貌だった。しかし、その瞳だけは不思議なほど澄んでいる。
「いらっしゃいませ」
志保の声に、男は振り返ってにっこりと笑った。
「ああ、こんばんは。神様だよ」
神様、と名乗る男は、パンコーナーに向かった。売れ残りが並ぶ棚の奥の方から、賞味期限ギリギリのメロンパンを手に取る。次に冷蔵ケースから牛乳を一本。
「これでお願いします」
レジで彼を見上げると、やはりその目は温かかった。志保は一瞬、幼い頃に祖母から聞いた昔話の中の、優しい神様を思い浮かべた。
「230円です」
男は小銭入れから、丁寧に硬貨を数えて支払った。
「ありがとう。また来るよ」
そう言って、彼は夜の闇に消えていった。
志保は彼が去った後のレジ周りを見回した。なぜか、さっきまでとは違う空気が流れているような気がした。関わってはいけないタイプかもしれない、と頭の片隅で思いながらも、心の奥で小さな温かさを感じている自分に気づいていた。
第2章 棚の奥にあるパン
翌日も、また翌日も、神様と名乗る男は午前0時きっかりに現れた。
いつも同じように、棚の奥の方にある賞味期限ぎりぎりのパンを選び、牛乳を買って帰っていく。そして毎回、志保に向かって「ありがとう」と言うのだった。
一週間が過ぎた頃、志保は奇妙なことに気づいた。
神様が買ったパンの賞味期限が、翌日には延びているのだ。最初は見間違いだと思った。しかし、確認のため密かにメモを取るようになると、確実に日付が変わっていることがわかった。
「そんなはず、ないよね」
志保は首を振った。きっと自分の記憶違いだ。最近、よく眠れていないせいで、注意力が散漫になっているのかもしれない。
その夜、悠馬がいつもより遅い時間にやってきた。外では雪がちらつき始めていて、彼の肩には白い粉が積もっている。雑誌コーナーに向かおうとする彼の手が、かじかんでいるのが見えた。
志保は迷った末、ホットコーヒーマシンのレバーを引いた。
「よかったら、これ」
差し出されたカップを、悠馬は驚いたような顔で見つめた。
「いらない」
そう言いながらも、彼の手はカップを受け取っていた。温かさが指先に伝わると、小さくため息をついた。
「ありがとう」
初めて聞く彼の声は、思っていたより幼く聞こえた。
その時、自動ドアが開いて神様が入ってきた。いつものようにパンコーナーに向かう彼を見ながら、悠馬が呟いた。
「あの人、毎日来るよね」
「ええ。神様なんですって」
「神様?」
悠馬は興味深そうに眉を上げた。神様は棚の前で立ち止まり、今日はいつもより時間をかけて商品を選んでいる。
「人はね」
突然、神様が振り返った。
「見えないところで、いつも棚を動かしてるんだよ」
意味ありげな言葉を残し、彼はカレーパンと牛乳を持ってレジに向かった。悠馬は困惑したような顔で神様を見つめ、志保もまた、その言葉の意味を理解しかねていた。
「ありがとう」
いつものように感謝の言葉を残し、神様は店を出ていく。悠馬はコーヒーを飲み終えると、静かに「ごちそうさま、でした」と言って帰っていった。
一人になった店内で、志保は神様の言葉を反芻していた。棚を動かす、という表現に、なぜか胸の奥がざわついた。
第3章 過去と罪の告白
三年前の秋。志保は保育士として働く中で、子どもの怪我事故に遭遇した。
滑り台から落ちた四歳の男の子。志保は一瞬、目を離していた。他の子どもたちの面倒を見ている間に、気づいたときには男の子は泣きながら地面に座り込んでいた。
幸い大きな怪我ではなかったが、志保の心に深い傷を残した。自分の不注意で子どもを危険にさらしてしまった、という罪悪感。その重さに耐えかね、彼女は保育士を辞めた。
それ以来、昼間の世界から距離を置き、夜の時間だけで生きるようになった。誰かを傷つけることのない、静かな世界で。
「なあ、見てる?」
ある夜、悠馬が雑誌を手に取りながら呟いた。
「何を?」
「俺のこと」
振り返った彼の目に、涙が浮かんでいるのが見えた。
「見てるよ」
志保は迷わず答えた。
「じゃあ、見てくれてる?」
今度は違う意味の問いかけだった。誰かに気にかけてもらいたい、という切実な願い。志保は頷いた。
「ありがとう」
悠馬は雑誌を棚に戻しかけて、しかし手を止めた。そのまま雑誌を脇に抱え、レジに向かおうとする。
「悠馬くん」
志保は彼の名前を呼んだ。彼の足が止まる。
「それ、ちゃんとお金払ってね」
静かな声。責めるでもなく、ただ当たり前のことを言っただけ。悠馬は震える手で雑誌を棚に戻した。
「ごめん」
「いいの。みんな、間違いはある」
志保の言葉に、悠馬の肩が小刻みに震えた。
その時、神様が現れた。いつもより早い時間だった。パンコーナーには向かわず、直接レジに来る。
「今日は何も買わないよ」
そう言って、神様は志保を見つめた。
「棚の奥に隠したものは、自分でも取り出せるんだ」
悠馬は神様を見上げ、志保もまた彼の言葉に耳を傾けた。
「ただし、勇気がいる。奥にしまったものを取り出すには、ね」
神様は微笑んで店を出ていった。
残された二人は、しばらく無言だった。志保は胸の奥で、長い間棚の一番奥にしまい込んでいたものの存在を感じていた。
赦し。
自分自身への赦し。完璧でなくても、間違いを犯しても、それでも誰かを大切に思う気持ちを持ち続けることへの赦し。
第4章 消えた神様と朝焼けのパン
翌日の午前0時。神様は現れなかった。
志保は時計を何度も見返した。0時5分、10分、15分。いつもなら必ず現れる時間を過ぎても、自動ドアが開く気配はなかった。
0時半頃、悠馬がやってきた。
「あの人、今日は来ないのかな」
「そうみたいね」
二人は神様のことを話した。不思議な人だったが、どこか心の支えになっていたことを、改めて実感した。
「寂しいな」
悠馬が素直に言った。
「うん」
志保も同感だった。
翌朝、店の冷蔵ケースを整理していると、志保は奇妙なものを発見した。棚の一番奥、普段は誰も手を伸ばさない場所に、メロンパンが一つだけ置かれている。
神様がいつも買っていた銘柄だった。
賞味期限を確認すると、志保は目を疑った。そこには、一週間先の日付が印刷されていた。
「未来の日付?」
あり得ないことだった。しかし、確かにそこにある。志保はそのパンを手に取った。
朝の6時、夜勤が終わり、志保はアパートに帰った。東の空が薄っすらと赤く染まり始めている。
キッチンでパンを温め、コーヒーを淹れた。窓際の小さなテーブルに座り、朝焼けを眺めながらゆっくりと味わった。
不思議な味だった。懐かしくて、温かくて、そして希望に満ちている。
「大丈夫だ」
小さくつぶやいた志保の心に、久しぶりに光が差し込んだ。人は不完全で、間違いを犯すことがあっても、それでも誰かを大切に思い、誰かに大切に思われることができる。
昨夜、悠馬が雑誌を棚に戻した時の、素直に謝った時の表情を思い出した。彼もまた、自分なりの方法で棚の奥から大切なものを取り出そうとしているのかもしれない。
窓の外で、新しい一日が始まろうとしていた。志保は残りのパンをゆっくりと食べ終えると、ベッドに向かった。今日はきっと、よく眠れるだろう。
神様はもう現れないかもしれない。でも、彼が残していったものは確かに存在する。棚の奥に隠されていた、人と人とのつながりと、自分自身を赦すことの意味。
深夜のコンビニは、今夜もまた静かに人々を迎え入れるだろう。傷ついた魂たちが、そっと寄り添える場所として。
そして志保は、今度は自分が誰かを見守る番なのだと、そっと心に決めた。
おわり
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