朝の光がベーカリーの窓を染める時間、小さな足音が必ずやってくる。
「パン耳ありますか?」という声は、いつも希望に満ちている。
捨てるはずだったものが、誰かの宝物になる瞬間を、私は毎日目撃している。
1. 「パン耳ください!」
朝の五時半。由紀は小さなベーカリー「パン工房みずき」の鍵を開けながら、いつものように空を見上げた。薄紅色に染まった雲が、春の終わりを告げている。
店内に明かりを灯し、オーブンに火を入れる。生地の発酵が進む甘い香りが、静寂を包んでいく。
「おばちゃん、おはよう!」
開店前だというのに、ガラス扉の向こうに小さな影が現れた。リオだ。六歳の男の子は、毎朝決まってこの時間に現れる。保育園に行く前の、ちょっとした日課だ。
「リオくん、おはよう。今日も早いのね」
由紀は扉を開けて微笑んだ。リオの髪は寝癖でぴょんと立っていて、まだ眠そうな目をこすっている。
「パン耳、ありますか?」
いつもの質問。由紀の心が、ふわりと軽くなる瞬間だった。
「もちろんよ。昨日の分、ちゃんと取っておいたから」
カウンターの奥から、小さな紙袋を取り出す。本来なら捨てるパンの耳を、由紀は毎日リオのために冷凍していた。
「やったあ!」
リオの顔が一気に輝く。その表情を見ていると、由紀は不思議な気持ちになる。パンの耳という、誰も欲しがらないような部分を、こんなにも喜んでくれる人がいる。
「パン耳って、本当においしいんだよ!ママがね、お砂糖つけて焼いてくれるの。外はカリカリで、中はふわふわで」
リオは袋を大切に抱えながら、目を輝かせて話す。
「そうなのね。リオくんのママ、お料理上手なのね」
「うん!でも、おばちゃんのパンが一番おいしいよ」
三十八歳の由紀を「おばちゃん」と呼ぶリオ。最初は少し複雑だったが、今では愛おしい響きに聞こえる。
「ありがとう、リオくん。また明日も来てね」
「うん!約束だよ」
小さな手を振りながら、リオは保育園へ向かって駆けていく。その後ろ姿を見送りながら、由紀は思った。
パンの耳が、こんなにも誰かを幸せにできるなんて。
2. お父さんの箱
その日の夕方、アパートに帰ると、玄関前に段ボール箱が置かれていた。差出人は「岸本豊」。実家の父からだった。
「また送ってきたのね」
独り言を呟きながら、重い箱を部屋に運ぶ。開けてみると、見慣れた父の字で書かれたメモが上に載っていた。
『畑の野菜、たくさん採れた。パン作りの道具も入れておいた。パン耳は揚げると最高だ。』
箱の中身を確認する。新鮮なトマトやきゅうり、レタス。そして見覚えのある古いパン型と、揚げ物用の小さな鍋。
パン耳を揚げる。
その言葉に、由紀の記憶が蘇った。
小学生の頃、父がよく作ってくれた「パン耳スティック」。食パンの耳を細く切って、砂糖を軽くまぶして、油で揚げる。外はカリッと、中はもちもちした食感が、子どもの由紀には何よりのご馳走だった。
「懐かしいな」
父は無口な人だった。愛情表現も下手で、由紀が大人になってからは、なんとなく距離を置いて暮らしていた。でも、こうして定期的に送られてくる荷物には、いつも父なりの気遣いが込められている。
メモの最後に、小さく書かれた一行があった。
『体に気をつけろ。』
たった六文字だけれど、父の温かさが伝わってくる。由紀は思わず微笑んだ。
3. パン耳パーティー
翌週の日曜日。由紀は思い切って、リオとその友達を店に招いた。「パン耳パーティー」の開催である。
「わあ、パン屋さんの中に入れるの?」
「すごーい!いいにおい!」
リオを含めて五人の子どもたちが、店内を興奮気味に見回している。
「今日は特別に、みんなでパン耳を使ったお菓子を作りましょう」
由紀は父が送ってくれた鍋を使って、パン耳スティックを作り始めた。子どもたちは目を輝かせて見守っている。
「おばちゃん、何作ってるの?」
「パン耳を揚げて、お砂糖をまぶすの。とってもおいしいのよ」
油の音がジュウジュウと響く。甘い香りが店内を包んでいく。
「できたよ!」
熱々のパン耳スティックを皿に盛ると、子どもたちが一斉に手を伸ばした。
「あつい、あつい!」
「でも、おいしい!」
「もっと食べたい!」
賑やかな声が店内に響く。普段は静かな店が、こんなにも生き生きとした空間になるなんて。
「みんなでいっしょに食べると、もっとおいしいね」
リオがパン耳スティックを頬張りながら言った。その言葉に、由紀の胸が温かくなった。
一人で食べる食事と、誰かと一緒に食べる食事。同じものでも、こんなにも違うものなのだと、改めて気づかされる。
「家族」という言葉が、ふと頭に浮かんだ。血の繋がりだけが家族ではない。こうして食卓を囲み、笑顔を共有する時間こそが、本当の豊かさなのかもしれない。
4. パンの端っこが好きだった
次の休日、由紀は久しぶりに実家を訪れた。
「よく来たな」
父の豊は、相変わらず照れたような表情で由紀を迎えた。
「パン作りの道具、ありがとう。子どもたちがとても喜んでいたわ」
「そうか。それは良かった」
二人で小さなパンを焼くことになった。父の手つきは思っていたより慣れていて、生地をこねる動作に迷いがなかった。
「お父さん、パン作り上手なのね」
「母さんが生きてた頃、よく手伝っていたからな」
由紀の母は、由紀が高校生の時に亡くなった。それから父は一人で、不器用ながらも家事をこなしてきた。
焼きあがったパンを、庭のベンチで一緒に食べる。春の陽射しが心地よく、鳥のさえずりが、静かな空気にやさしく響いている。
「お父さん」
「ん?」
「昔から疑問に思ってたんだけど、なんでいつもパン耳だけ取っておいたの?」
豊は少し考えてから、ゆっくりと答えた。
「そこが一番、味がしみてんだよ」
「味が、しみてる?」
「パンの真ん中は確かにふわふわで食べやすい。でも耳は違う。時間をかけて焼かれて、ぎゅっと旨みが詰まってる。噛むほどに味が出る」
父の言葉に、由紀は何か大切なことを教えられた気がした。
「人間もそうかもしれんな」
豊が続ける。
「一見、端っこにいる人間の方が、実は味わい深かったりする。お前もそうだ。いつも人のために働いて、自分のことは後回し。でも、それが由紀の良いところだ」
父の優しい眼差しが、由紀の心に染み入った。
「ありがとう、お父さん」
穏やかな午後のひととき。父と娘の距離が、ほんの少し近づいた気がした。
ラスト. しあわせの耳
それから一か月後。
「パン工房みずき」の棚に、新しい商品が並んだ。「パン耳ラスク」。
手書きの値札には、こう書かれている。
『パンのはしっこ、実はここがいちばんおいしい』
朝一番に店にやってきたリオが、その看板を見つけて飛び跳ねた。
「おばちゃん、パン耳が商品になってる!」
「そうよ。リオくんのおかげね」
パン耳ラスクは、予想以上に評判が良かった。「懐かしい味」「素朴でおいしい」という声が、お客さんから次々と聞こえてくる。
「また明日も来るね!」
いつものようにリオが手を振って帰っていく。その小さな背中を見送りながら、由紀はふと思った。
「なんかいい朝だな」
パンの耳。誰も欲しがらないと思っていた部分が、こんなにも多くの人を笑顔にしている。
父の言葉を思い出す。「そこが一番、味がしみてんだよ」
きっと人生も同じなのだろう。目立たない日常の片隅に、本当の幸せは隠れている。
由紀は店の奥で、今日も新しいパンを焼き始めた。パン耳も、もちろん大切に取っておく。誰かの小さな幸せのために。
しあわせって、きっとパンの耳みたいに、誰かがそっと残してくれたものなのかもしれない。
おわり
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