いつからだろう、無意識にポケットを探る癖がついたのは。
電車の中でも、歩きながらでも、寝る前でも。
まるで心臓の鼓動を確かめるように、あの四角い塊の存在を確認する。
第1章|ポケットの異変
九月最後の金曜日、岸本湊は会社のデスクで溜息をついていた。
モニターには明日が締切のプレゼン資料が映っているが、文字が頭に入ってこない。クライアントからの修正指示、上司からの無茶振り、後輩からの質問攻め。気がつけば残業時間は月八十時間を軽く超えていた。
「このままじゃ駄目だ」
湊は呟いて、パソコンを閉じた。有給を取って、どこか遠くへ行こう。温泉でも、山でも、海でも。とにかく東京を離れたい。
1か月後、やっとこの日が来た。有休をとるのに1カ月もかかるブラック振りである。
湊は最低限の荷物をリュックに詰めた。着替え、財布、文庫本。目的地も決めずに新宿駅へ向かう。特急券売り場で、なんとなく「長野方面」と口にした。理由はない。ただ、山の空気が恋しかった。
文庫本を読みながら電車に揺られること二時間。車窓から見える景色が都市部から田園地帯に変わっていく。久しぶりに感じる解放感に、湊は小さく微笑んだ。
そのとき、SNSに風景を上げようとポケットに手を伸ばした。
「あれ?」
いつもそこにあるはずのものがない。四角くて、少し重くて、生活の全てが詰まったあの機械が。
「嘘でしょ……」
湊は慌てて全てのポケットを探った。リュックの中もひっくり返す。乗客の視線を感じながらも必死に探すが、どこにもない。
スマートフォンを忘れたのだ。
「お友達が……お友達がいない……」
思わず口に出してしまった台詞に、向かいの席のサラリーマンが眉をひそめた。湊は慌てて口を塞ぐ。
頭の中で悪魔と天使が囁いた。
『引き返せ。今なら間に合う』
『でも、ここで帰ったら敗北な気がする』
湊は深呼吸した。そうだ、これは試練なのだ。現代人が失った何かを取り戻すチャンスかもしれない。
「よし、このまま行こう」
電車は山深い長野県へと向かっていく。
第2章|スマホがないと人間は原始人説
長野駅に降りた湊は、途方に暮れていた。
スマホがあれば、宿泊先も観光地も、美味しいレストランも瞬時に検索できる。でも今の自分は、文字通り何も分からない原始人だった。
「すみません」
湊は近くにいた地元の人らしい中年男性に声をかけた。
「この辺りで、一人でゆっくりできる宿泊施設はありませんか?」
「ああ、旅行ですか。それなら木曽路がいいですよ。自然豊かで、静かで。ただ、予約なしで泊まれるかは分からないけれど、山奥にゲストハウスがあります」
男性は親切に道順を教えてくれた。スマホで地図を見せることができないので、手振りと口頭での説明だ。湊は必死にメモを取る。
「ありがとうございます」
ローカル線に乗り換えて、さらに山奥へ。車窓から見える風景は、まるで昭和の映画のようだった。棚田、古い農家、そして深い森。めっちゃ写真撮りたい。
最寄りの駅で降りると、まさに別世界だった。空気が美味しい。鳥の鳴き声が響く。でも、道が分からない。
「困ったな……」
湊が手書きの良く分からない地図を見ながら立ち尽くしていると、農作業の帰りらしいおばあちゃんが近づいてきた。
「迷子かい?」
「あ、はい。このゲストハウスを探してるんですが……」
おばあちゃんは湊のメモを見て、にっこりと笑った。
「ああ、理沙ちゃんのところね。あの子、東京から戻ってきて頑張ってるのよ。ちょっと待ってなさい」
そう言うと、おばあちゃんはおにぎりを二個、湊に手渡した。
「お腹空いてるでしょう?道中食べなさい」
「え、でも……」
「いいのいいの。旅の人には親切にするものよ」
おばあちゃんは丁寧に道順を教えてくれた。今度は手書きの地図まで描いてくれる。スマホの地図アプリより、よほど分かりやすかった。
「ありがとうございます」
湊は深々と頭を下げた。見知らぬ人にこんなに親切にされたのは、いつ以来だろう。
歩きながらおにぎりを食べる。具は梅干しと昆布。シンプルなのに、なぜかとても美味しい。
「これが、アナログの力か……」
湊は苦笑いした。
第3章|焚き火と猫とWi-Fiの呪い
手書きの地図のおかげで、湊は無事にゲストハウスにたどり着いた。
古い民家を改装した建物で、看板には「山猫亭」と書かれている。玄関先には本当に猫が三匹、日向ぼっこをしていた。
「すみません」
声をかけると、奥から女性が出てきた。ショートカットで、ゆったりとした服を着ている。年齢は湊と同じくらいだろうか。
「はい?」
「あの、泊めていただきたくて……」
女性──早川理沙は、湊を上から下まで眺めて小さく溜息をついた。
「予約は?」
「していません……急に決めた旅で」
「そっか。でも今日は満室なのよね」
湊の表情が曇った。理沙はそれを見て、少し考える。
「まあ、緊急事態だし。離れの小屋があるから、そこでよければ」
「本当ですか! ありがとうございます」
「一泊五千円。食事は別料金。Wi-Fiはあるけど、電波弱いからね」
「Wi-Fiは大丈夫です。実は……スマホを忘れてきちゃって。ノリでそのまま来ました」
理沙の目が丸くなった。
「え? マジで? 現代人が?」
「笑わないでください」
「笑ってないけど……すごいね、ある意味。今時珍しい」
夕方、理沙と一緒に焚き火の準備をした。薪を割り、火を起こす。普段なら写真を撮ってSNSに上げるところだが、それもできない。
「焚き火を前にすると、人は急に哲学者ぶるのよね」
理沙が薪をくべながら言った。
「確かに……なんでしょうね、この感じ」
「スマホがないからでしょ。普段なら『インスタ映え』とか考えちゃうし、動画撮ったり、音楽かけたり。でも今は焚き火の音だけ」
パチパチと木が燃える音が、妙に心地よい。
「理沙さんは東京にいたんですか?」
「うん。広告関係の仕事してた」
湊は驚いた。
「僕も広告代理店です」
「あ、同業者か。じゃあ分かるでしょ? あの忙しさ」
「分かります……毎日終電で」
「私は体壊して帰ってきたの。最初は負け組だと思ってたけど、今は違う。ここの方が人間らしい」
そのとき、地元のおじさんが通りかかった。
「おう、理沙ちゃん。そいつが携帯忘れた東京の人か?」
おじさんは湊を見て大笑いした。
「すげえな! 今時そんな奴がいるとは!」
湊は顔を赤くした。理沙がちゃんと触れ回っていたようだ。
「面白いでしょ? 現代の奇人よ」
理沙も笑っている。でも、その笑顔は馬鹿にしているわけではなく、どこか温かかった。
夜が更けて、湊は一人小屋で眠りについた。いつもなら寝る前にスマホを見るのが習慣だったが、今夜は星空を眺めた。
こんなにたくさんの星があったなんて、忘れていた。
第4章|沈黙のスクリーンタイム
翌朝、理沙が急な用事で町を離れることになった。
「親戚の手伝いで、夕方まで戻れない。一人で大丈夫?」
「大丈夫です。散歩でもしてます」
湊は山道を歩いた。目的地もない、ただの散歩。スマホがあれば歩いた距離や消費カロリーが表示されるが、今は自分の足と感覚だけが頼りだった。
小さな神社を見つけた。境内には御朱印帳を持った参拝者がいる。
「あ、これってアナログ版SNSじゃないですか?」
湊は一人で呟いた。スタンプラリーのように各地の神社を巡り、手書きの記録を残していく。デジタルとは真逆のアプローチだが、確かに「つながり」を感じられる。
神社の奥に小さなベンチがあった。木製で、少し古びている。そこに座った。
そのとき、一匹の猫がベンチの下をするりと通り過ぎた。振り返ると、湊を見つめている。
「君も一人?」
猫は返事をしないが、なぜかベンチの隣に座った。湊も黙って猫を眺める。会話はないが、不思議と孤独感はなかった。
スマホがあれば、この猫の写真を撮って、面白いキャプションをつけて投稿しただろう。でも今は、ただこの瞬間を味わっている。
「案外、これでいいのかも」
夕方、ゲストハウスに戻ると理沙が帰ってきていた。
「どうだった? 退屈しなかった?」
「全然。いろいろ発見がありました」
「例えば?」
「スマホがなくても、ちゃんと一日が過ぎるんですね」
理沙は笑った。
「当たり前でしょ。人類の歴史の99.9%はスマホなしよ」
「でも僕らの世代は違います。物心ついたときからスマホがあった」
「確かにね」
二人で夕食を食べながら、東京での仕事の話をした。締切に追われる毎日、終わらない会議、深夜まで続くメールのやり取り。
「疲れませんか? 常につながっている状態」
「疲れるけど、それが普通だと思ってた。でもここに来て気づいたの。つながりすぎるのも問題だって」
理沙の言葉が胸に響いた。
第5章|スマホはなくとも、物語は残る
東京に戻る日がやってきた。
湊は理沙に別れを告げ、再び電車に乗った。たった二日間の旅だったが、何かが変わった気がする。
東京駅に着くと、久しぶりに都市の喧騒が耳に飛び込んできた。人々は皆、スマホを見ながら歩いている。まるで呪いにかかったように。
家に帰ると、忘れていったスマホがテーブルの上で待っていた。電源は残量が無くなって落ちていた。
電源を入れると、大量の通知が表示される。メール、LINE、SNS……。
でも湊は、すぐには確認しなかった。
まず、机の引き出しの中をくまなく探しかなり昔に買ったハガキを取り出した。もう何年も使っていなかった文房具。仕事以外でペンを持つのも久しぶりだ。
理沙さんへ
先日はお世話になりました。
スマホを忘れた旅でしたが、忘れ物のおかげで大切なことを思い出しました。
ありがとうございました。
岸本湊
ハガキを投函してから、湊はようやくスマホを手に取った。でも、以前のような依存感はなかった。道具として使う感覚に変わっていた。
三年後
湊は再び長野行きの電車に乗っていた。今度はスマホも持っているが、ポケットの中に入れたままだ。
山猫亭は相変わらずで、玄関先には猫が昼寝をしている。
「お久しぶりです」
理沙は少し驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になった。
「あ、スマホ忘れた人! 覚えてるよ」
「今度は忘れてません」
「でも使ってないでしょ?」
「なんで分かるんですか?」
「雰囲気よ。三年前と同じ。周りをちゃんと見てる」
二人は再び焚き火を囲んだ。理沙は結婚して、子供も生まれたという。湊は転職して、今はもっと人間らしい働き方をしている。
「あのとき、本当にスマホを忘れてよかった」
「でしょ? たまには忘れ物もいいのよ」
火が弾ける音が、夜の静寂に響く。二人とも無言だったが、心地よい沈黙だった。
湊のポケットでスマホが振動した。きっと誰かからのメッセージだろう。でも今は見なくていい。
この瞬間、この場所、この人との時間の方が、何倍も価値がある。
スマホを忘れた旅で得たもの。それは、つながりすぎない勇気と、今を味わう心だった。
焚き火が静かに燃え続ける中、湊は心の底から満足していた。時には忘れることも、大切なのだと。
おわり
最後まで読んで頂いて有難うございました。
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