このコンテンツは小説でありながら、実践的な学びを得られる作品です。 中学生を主人公にしていますが、どの年代の方にも役立つよう構成しています。
梅雨入り間近の蒸し暑い午後、中沢家のリビングに風鈴の音が響いている。
十四歳の奏太が手にするのは、祖母から貰った三千円のお小遣い。
しかし、その使い道を巡って、三世代の価値観が静かにぶつかり合おうとしていた。
第1章 風鈴とポチ袋
六月の午後、関東近郊の住宅街は梅雨入りを待つ重い空気に包まれていた。中沢家のリビングでは、72歳の祖母・美智子が孫の奏太を前に、小さなポチ袋を手にしていた。
「奏太、お疲れさま。中間テストよく頑張ったわね」
美智子の穏やかな声とは裏腹に、その表情には少し厳しさが宿っていた。ポチ袋の中には3,000円が入っている。
「ありがとう、おばあちゃん!」
14歳の中学二年生、中沢奏太は素直に喜んだ。しかし美智子の次の言葉で、その表情が曇る。
「でもね、奏太。このお金、ちゃんと貯金しなさいよ。またゲームに使ったり、あんな高いスニーカーに使ったりしちゃダメ」
美智子は、息子の剛志が先週奏太に買い与えた15,000円のスニーカーのことを言っているのだった。
「え、でも…」
「投資なんて言葉も最近聞くけれど、あんなの危ないだけ。私たちの時代はね、銀行に預けて、コツコツ貯めるのが一番だったの。バブルが弾けた時、投資で大損した人をたくさん見てきたんだから」
美智子の声には、遠い過去への複雑な感情が込められていた。彼女がまだ30代だった1990年代、バブル経済の崩壊を目の当たりにし、「安全な貯金こそが正義」という価値観を確固たるものにしたのだった。
そこへ、仕事から帰ってきた父・剛志が玄関の扉を開ける音が聞こえた。
「お疲れ様です」
剛志は公務員として20年以上働いてきた、真面目で責任感の強い男性だった。しかし、幼い頃に母である美智子から「お金は大切に」と厳しく言われ続け、欲しいものを我慢させられた記憶が今でも心の奥に残っている。
「奏太、テストどうだった?」
「お疲れ様、お父さん。まあまあかな」
剛志は息子の曖昧な返事を聞いて、何かプレゼントでもしてあげたい気持ちになった。自分が子どもの頃に味わった「欲しいものを我慢する辛さ」を、息子には味わわせたくないのだ。
「そうか。今度の週末、新しいゲームでも見に行くか?」
美智子が眉をひそめる。
「剛志、またそんなことを。この子はもう十分恵まれているでしょう」
「でも、母さん…」
そのとき、台所から共働きの母・沙織が顔を出した。彼女は会計事務所で働く四十一歳の女性で、家計の管理も一手に引き受けている。
「みなさん、お疲れ様。今日は冷やし中華にしましょうか」
沙織は家族の微妙な空気を察しながらも、あえて明るく話を逸らした。彼女の手には、スマートフォンが握られており、画面には証券会社のアプリが開かれている。しかし、そのことを家族は誰も知らなかった。
奏太は手の中のポチ袋を見つめながら、ふと疑問を抱いた。
「お金って、なんだろう」
その小さなつぶやきは、風鈴の音にそっと溶け込んでいった。
第2章 欲しいもの、足りないもの
翌日の国語の時間、担任の田中先生が黒板に大きく「将来の夢」と書いた。
「みなさん、今日は作文を書いてもらいます。テーマは『私の将来の夢』。どんな大人になりたいか、どんな仕事に就きたいか、自由に書いてください」
クラスメイトたちがペンを走らせる中、奏太は手を止めていた。医者になりたい、教師になりたい、YouTuberになりたい…みんなそれぞれ具体的な夢を持っているようだった。
しかし奏太には、はっきりとした将来の職業が思い浮かばない。ただ一つ、漠然と思っていることがあった。
「お金持ちになりたい」
奏太はその一文だけを書いて、あとは白紙のまま提出した。
放課後、田中先生に呼び出された。
「中沢君、これはちょっと…なぜお金持ちになりたいの?」
「えーっと…」
奏太は答えに困った。なぜお金持ちになりたいのか、自分でもよく分からなかった。ただ、お金があれば何でも買えるし、我慢しなくて済むと思っていた。
「お金は確かに大切だけれど、君はお金で何をしたいの?人のためになることや、自分が本当にやりたいことがあるはずだよ」
先生の言葉に、奏太は返事ができなかった。
その夜、家族四人でテーブルを囲んでいた。美智子が手作りの肉じゃがを大皿に盛り、みんなで分けて食べる。
「おばあちゃんの肉じゃが、やっぱり美味しいな」
剛志が箸を進めながら言った。美智子は嬉しそうに微笑む。
「材料はできるだけ安いときに買って、でも手間は惜しまない。それが一番よ」
「節約上手だよね、お母さん」
沙織も同調するが、心の中では複雑な思いを抱いていた。確かに節約は大切だが、それだけでは将来への備えとして十分なのだろうか。
「奏太、今日学校でどんなことを習ったの?」
剛志が息子に話しかける。
「うーん、作文書いた。『将来の夢』っていうテーマで」
「へえ、どんなことを書いたの?」
「お金持ちになりたいって書いたら、先生に呆れられた」
美智子が箸を止めた。
「あら、そんなこと書いたの?お金、お金って、品がないわよ」
「でも、おばあちゃんだっていつも『お金は大切』って言ってるじゃない」
「それは、無駄遣いするなって意味よ。お金を稼ぐことばかり考えるのとは違うの」
剛志は自分の子ども時代を思い出していた。母に厳しく育てられ、欲しいおもちゃも買ってもらえず、友達が持っているゲームを羨ましく思った日々。そんな思い出が蘇り、息子にはできるだけ我慢させたくないという気持ちが強くなる。
「別にいいじゃないか、母さん。奏太だってまだ中学生なんだから」
「甘やかしすぎよ、剛志。この前だって、また高いスニーカーを買ってあげたでしょう」
「たまには…」
「たまにじゃないでしょう」
家族の雰囲気が少し重くなりかけたとき、沙織が口を開いた。
「奏太、お金持ちになりたいって気持ちは悪いことじゃないと思うよ。でも、お金の意味について、もう少し考えてみない?」
沙織の穏やかな声に、奏太は顔を上げた。
「お金の意味?」
「そう。お金って何のためにあるのか、どうやったら増やせるのか、どう使ったらいいのか。そういうことを知るのは、とても大切なことよ」
美智子と剛志は、沙織の言葉に少し困惑した。いつもは家事と仕事で忙しく、あまり家族の議論に参加しない沙織が、珍しく積極的に発言したからだった。
「でも、沙織さん、お金のことばかり考えるのは…」
美智子が言いかけたとき、沙織は静かに微笑んだ。
「お金を正しく知ることと、振り回されることは違うと思うの。お母さんの節約精神も、お父さんが奏太を大切に思う気持ちも、どちらも大切です。でも、時代とともに、お金との付き合い方も変わってきているんです」
その夜、奏太は自分の部屋で宿題をしながら、母の言葉を反芻していた。
お金の意味、か。
窓の外では、近所の家の風鈴が涼しい音を立てている。奏太はその音を聞きながら、初めて「お金について真剣に考えてみよう」と思った。
第3章 静かなる投資家
土曜日の午後、沙織は奏太を誘って近所のカフェに出かけた。
「たまには二人でお茶でもしない?」
沙織の提案に、奏太は少し驚いた。母と二人だけで外出することは珍しかったからだ。
カフェは住宅街の中にある小さな店で、昼下がりということもあり、客はまばらだった。奏太はアイスコーヒーを、沙織はカフェラテを注文し、窓際の席に座った。
「奏太、この前の作文の話だけど、お金持ちになりたいって思うのは自然なことよ」
沙織は優しい声で話し始めた。
「でも、お金持ちになる方法って、実はいろいろあるの」
「いろいろって?」
「たくさん稼ぐこともそうだけど、お金を上手に管理することや、お金に働いてもらうことも大切なの」
「お金に働いてもらう?」
奏太は不思議そうな顔をした。
沙織はスマートフォンを取り出し、画面を奏太に見せた。そこには「資産残高」という文字と、いくつかの数字が表示されている。
「実は、お母さんは投資をしているの」
奏太の目が丸くなった。
「投資って、おばあちゃんが『危険』って言ってた…」
「確かに投資にはリスクがある。でも、正しい知識を持って、長期的に続けることで、お金を少しずつ増やしていくことができるのよ」
沙織は画面を指しながら説明を続けた。
「これは投資信託っていうものなの。たくさんの人からお金を集めて、プロが運用してくれるシステム」
「プロが?」
「そう。個人では買えないような海外の株式や債券を、少額から購入できるの。お母さんが買っているのは、主にS&P500という指数に連動するものと、全世界の株式に投資するものよ」
奏太には難しい話だったが、母の真剣な表情に引き込まれていた。
「S&P500って何?」
「アメリカの代表的な五百社の株価を指数化したものよ。アップル、マイクロソフト、グーグルなど、世界的に有名な企業が含まれているの」
沙織はアイスクリームの注文を例に、分かりやすく説明を始めた。
「例えば、アイスクリームが一個100円だとして、毎月同じ金額…1,000円分ずつ買い続けるとしましょう。夏は需要が高くて一個120円、冬は需要が少なくて一個80円になったとする」
「うん」
「夏は1,000円で8個しか買えないけど、冬は1,000円で12個買える。一年続けると、平均的には一個100円よりも安く買えるの。これをドルコスト平均法って言うのよ」
奏太は頷いた。なんとなく分かるような気がした。
「投資信託も同じように、毎月決まった金額を継続して購入することで、価格が高いときは少なく、安いときは多く買えるから、リスクを分散できるの」
「でも、損することもあるんでしょ?」
「もちろん。でもね、長期間…十年、二十年と続けることで、世界経済の成長とともに資産が増えていく可能性が高くなるの」
沙織は手数料についても説明した。
「投資信託を選ぶときに大切なのは、運用コストの低さ。お母さんが選んでいるのは、年間の手数料が投資額の0.09%程度のもの。これは業界でもかなり低い水準なの」
「0.09%って、すごく少ないね」
「そう。手数料が高いと、長期間ではその差が大きくなってしまうの。毎年1%と0.1%の差は、20年後には大きな違いになるのよ」
奏太は母の説明に感心していた。普段は仕事と家事で忙しく、あまり詳しい話をする機会がなかった母が、こんなにお金について詳しいとは思わなかった。
「実は、奏太の教育資金として、ジュニアNISAという制度も使っているの」
「ジュニアNISA?」
「未成年者の投資を支援する制度よ。ただし、今年から制度が変わる予定で、新しいジュニアNISAについては、まだ詳細が決まっていない部分もあるの。政府の正式発表を待っている状況なのよ」
沙織は少し困ったような表情を見せた。
「投資の世界では、制度や税制がよく変わるの。だからこそ、常に勉強し続けることが大切なのよ」
カフェの窓の外では、梅雨の合間の日差しが街を照らしている。奏太は母の言葉を聞きながら、自分の中で何かが変わり始めているのを感じていた。
「お母さん、おばあちゃんにはこのこと言ってないの?」
「まだよ。お婆ちゃんの価値観も大切だし、急に話すと心配させてしまうかもしれないから」
「お父さんは?」
「お父さんは…薄々感づいているかもしれないけれど、あえて詳しくは話していないの」
沙織の表情に、家族への配慮がにじんでいた。
「でも、奏太にはちゃんと知っておいてもらいたいと思って。いつかは家族みんなで話し合えるといいんだけれど」
「僕、もっと勉強したい」
奏太の目が輝いていた。
「お金のこと、投資のこと。もっと知りたいな」
沙織は息子の反応に安堵した。そして、自分がずっと温めてきた思いを、ようやく息子に伝えることができたことに、深い喜びを感じていた。
帰り道、二人は並んで歩きながら、夏の夕暮れを満喫した。奏太の心の中で、「お金持ちになりたい」という漠然とした思いが、「お金について学びたい」という具体的な目標に変わりつつあった。
第4章 お金の正体
翌週の月曜日、奏太は学校の図書館に向かった。夏休みを前に、自由研究のテーマを決めなければならない。
「お金の正体について」
奏太は司書の山田先生に相談した。
「面白いテーマですね。経済学の棚と、投資関連の本を見てみましょう」
山田先生は奏太を本棚の前に案内し、中学生でも読めそうな本を何冊か選んでくれた。
『中学生からの経済学』 『はじめての投資信託』 『お金の教科書』
奏太は借りた本を読みながら、少しずつお金の仕組みを理解し始めた。
銀行にお金を預けた場合の金利は、現在年0.001%程度。100万円預けても、一年間で10円しか増えない計算だ。しかも、そこから税金が引かれるので、実際にはもっと少なくなる。
一方、S&P500に連動する投資信託の過去20年間の平均リターンは年約10%(もちろん、この数字は過去のものであり、将来を保証するものではない)。ただし、年によっては大きくマイナスになることもある。
「なるほど、リスクとリターンはセットなんだ」
家でもインターネットを使って調べてみた。
全世界株式インデックスファンド、通称「オルカン」についても学んだ。これは日本、アメリカ、ヨーロッパ、新興国など、世界中の株式に分散投資できる商品だ。
「世界中に投資するって、すごいことだな」
奏太は自分の視野が急速に広がっていくのを感じた。
その日の夕食時、奏太は家族に自分が調べたことを話そうとしたが、タイミングを見計らっていた。
「奏太、自由研究のテーマは決まったの?」
剛志が尋ねた。
「うん、お金について調べることにした」
美智子が少し眉をひそめた。
「またお金の話?この子は本当に…」
「でも、おばあちゃん、お金のことを知るのって大切だよ。学校の図書館で本も借りてきたし」
美智子は孫の真剣な表情を見て、言葉を飲み込んだ。
「どんなことを調べているの?」
沙織が優しく尋ねた。
「銀行の金利と投資信託の違いとか、ドルコスト平均法とか、世界経済のこととか」
剛志と美智子は驚いた。中学二年生の口から、そんな専門的な言葉が出てくるとは思わなかったからだ。
「投資信託って、どんなものなの?」
剛志が興味深そうに聞いた。実は彼も、最近職場で同僚たちが投資の話をしているのを聞いて、少し気になっていたのだ。
奏太は本で学んだことを一生懸命説明し始めた。
「えーっと、たくさんの人からお金を集めて、プロが運用するシステムで…」
その時、沙織は夫と姑の反応を静かに観察していた。これまで家族に内緒にしてきた自分の投資活動について、話すべきタイミングを見極めようとしていた。
「奏太、よく勉強しているのね」
美智子は複雑な気持ちだった。孫が勉強熱心なのは嬉しいが、投資という言葉にはまだ抵抗があった。
「でも、投資って危険なものでしょう?」
「確かにリスクはあるけれど、長期間続けることで世界経済の成長とともに資産が増える可能性があるんだって」
奏太の説明に、剛志は感心していた。
「世界経済の成長か…確かに、僕たちが子どもの頃と比べて、世界は大きく発展しているよね」
その時、沙織が意を決して口を開いた。
「実は、私も投資をしているの」
リビングに静寂が流れた。
「え?」
剛志と美智子が同時に声を上げた。
「さっき奏太が説明していたS&P500連動型の投資信託と、全世界株式インデックスファンドを、毎月積立で購入しているの」
美智子の顔が青ざめた。
「沙織さん、そんな危険なことを…」
「お母さん、聞いてください」
沙織は落ち着いた声で説明を始めた。
「もう三年間続けているのですが、もちろん価格の変動はありますが、長い目で見れば成長してきました」
そして、スマートフォンを取り出し、家族に投資信託の画面を見せた。
「これがその実績です。元本に対して、約三十%のプラスになっています」
剛志は画面を食い入るように見つめた。
「本当に増えているのか…」
「また、奏太の教育資金として、ジュニアNISAも始めています」
「ジュニアNISA?」
「未成年者の投資を支援する制度です。ただし、制度が変更になる予定で、新しいジュニアNISAについては、まだ政府から詳細な発表がありません」
沙織は手帳を開き、自分が調べた内容を説明した。
「現在分かっているのは、投資可能額が拡大される可能性があることと、使い勝手が改善される予定だということです。でも、具体的な金額や条件については、まだ正式発表を待っている状況です」
「制度が変わるって、よくあることなの?」
奏太が質問した。
「投資や税制に関する制度は、政治や経済の状況に応じて変更されることがあります。だからこそ、常に最新の情報をチェックすることが大切なのです」
美智子は混乱していた。バブル崩壊の記憶と、目の前の現実とのギャップに戸惑っていた。
「でも、沙織さん、もし損したら…」
「もちろん、その可能性もあります。投資は元本保証ではありませんから。でも、現在の低金利の状況で、銀行に預けているだけでは、インフレに負けてしまう可能性もあるんです」
「インフレって?」
奏太が聞いた。
「物価上昇のことよ。お金の価値が下がることね。昔百円で買えていたものが、今は百二十円しないと買えない、というような状況のこと」
剛志は自分の経験を思い起こしていた。
「確かに、僕が子どもの頃と比べて、いろんなものが高くなっているよね」
「そうなんです。だから、お金を銀行に預けているだけでは、実質的にはお金の価値が目減りしてしまう可能性があるんです」
沙織の説明に、家族はそれぞれ異なる反応を示した。
美智子は不安そうな表情を浮かべ、剛志は興味深そうに聞き入り、奏太は目を輝かせて学ぼうとしていた。
「奏太のために積み立てているお金は、いくらくらいになっているの?」
剛志が尋ねた。
「約36万円の元本に対して、今は47万円くらいになっています」
「11万円も増えているのか…」
「はい。もちろん、この数字は日々変動します。昨年はコロナの影響で一時的に大きく下がった時期もありましたが、長期的には世界経済の成長とともに回復し、成長を続けています」
奏太は興奮していた。
「僕のためのお金が、勝手に増えているってこと?」
「『勝手に』ではないけれど、世界中の企業の成長とともに、資産が成長しているということね」
その夜、家族四人はいつもより長くリビングで話し込んだ。
美智子は自分の価値観が揺らぐことに戸惑いながらも、息子の嫁と孫の真剣な姿勢に心を動かされていた。
剛志は新しい知識に興味を持ちながらも、リスクへの不安も感じていた。
奏太は自分の将来について、これまでとは違った角度から考え始めていた。
そして沙織は、ようやく家族に自分の思いを伝えることができた安堵感と、これからの話し合いへの期待を抱いていた。
窓の外では、梅雨明けを告げるような強い雨が降り始めていた。
第5章 三世代の価値観
翌日の日曜日、中沢家では朝から少し重い空気が流れていた。
昨夜の沙織の告白を受けて、美智子は一晩中考え込んでいた。自分がこれまで信じてきた「貯金こそが安全」という価値観と、息子の嫁の実績とのギャップに、心が揺れ動いていた。
朝食の席で、美智子は重い口を開いた。
「沙織さん、昨日の話だけれど…」
「はい」
「私はやっぱり心配なの。バブルの頃、投資で身を持ち崩した人をたくさん見てきたから」
美智子は遠い目をして語り始めた。
「隣のご主人はね、株で一千万円も損して、奥さんが泣いていた。そういう光景を見てきたから、『投資』という言葉を聞くと、どうしても怖くなってしまうの」
沙織は美智子の気持ちを理解しようと努めた。
「お母さんのお気持ち、よく分かります。バブル期の投資と、現在の長期積立投資は少し性質が違うのですが、リスクがゼロというわけではありません」
「どう違うの?」
剛志が聞いた。
「バブル期の投資の多くは、短期間での大きな利益を狙った投機的なものでした。でも、私がやっているのは、世界経済の長期的な成長に合わせて、少しずつ、継続的に投資を続ける方法です」
奏太も真剣に聞いていた。
「具体的には、毎月決まった金額を、決まった日に、同じ商品を購入し続けています。感情に左右されず、機械的に続けることで、リスクを分散しているんです」
美智子はまだ納得しきれずにいた。
「でも、もし大恐慌のようなことが起きたら?」
「確かに、世界的な経済危機が起きれば、一時的に大きく下がることもあるでしょう。でも、過去の歴史を見ると、人類は常に困難を乗り越え、経済を発展させてきました」
沙織は手帳から一枚の資料を取り出した。
「これは、S&P500の過去五十年間のチャートです。リーマンショック、コロナショック、様々な危機がありましたが、長期的には右肩上がりで成長しています」
剛志がチャートを見つめながら言った。
「確かに、短期的には大きく下がっている時期もあるけれど、長期的には上昇トレンドだね」
「はい。もちろん、将来も同じように成長するとは限りませんが、世界中の企業が新しい技術を開発し、より良い商品やサービスを提供し続ける限り、経済は成長していくと考えられています」
奏太が手を挙げた。
「質問があります。お母さんの投資は、今どれくらいの金額になっているの?」
沙織は少し躊躇したが、透明性を保つために正直に答えることにした。
「私個人の投資は、三年間で約百万円を投資して、現在130万円ほどになっています。奏太のジュニアNISAの分と合わせると、トータルで約80万円程度の運用益が出ています」
「80万円…」
剛志は驚いた。それは彼の月給を遥かに超える金額だった。
「でも、この数字は常に変動します。昨年のコロナショックの時は、一時的に元本を下回った時期もありました」
「その時はどうしたの?」
奏太が心配そうに聞いた。
「何もしませんでした。むしろ、安い価格で多くの口数を購入できる好機だと考えて、積立を継続しました」
美智子は複雑な表情を浮かべていた。
「でも、そのときはどう思ったの?」
「正直、不安はありました。でも、これは短期的な変動であって、長期的な投資には影響しないと信じていました」
沙織の冷静さに、家族は感心していた。
「お母さんって、すごく頼りになるんだね」
奏太が素直に言った。
「強いというよりも、勉強していたからだと思います。投資を始める前に、半年間かけて本を読んだり、セミナーに参加したりして、知識を身につけました」
剛志が興味を示した。
「どんな本を読んだの?」
「『ウォール街のランダム・ウォーカー』『敗者のゲーム』『インデックス投資は勝者のゲーム』などです。どれも、長期的な分散投資の重要性を説いている名著です」
奏太は母が想像以上に勉強していたことに驚いた。
「僕も読んでみたい」
「奏太には少し難しいかもしれないけれど、中学生向けの投資本もたくさん出ているから、まずはそちらから始めてみるといいわ」
その時、美智子が重い口を開いた。
「沙織さん、私はやっぱり心配だけれど…奏太がこんなに真剣に勉強しているのを見ていると、昔のやり方が全て正しいとは限らないのかもしれないと思えてきたの」
家族全員が美智子を見つめた。
「私たちの時代は、銀行に預けておけば年利6%とかもらえた時代だった。でも、今は0.001%でしょう?時代が変わったのね」
美智子の言葉に、沙織は安堵した。
「お母さん、ありがとうございます。私も急に全ての考えを変えてほしいとは思っていません。ただ、選択肢があることを知ってもらいたかったんです」
剛志も自分の考えを整理し始めていた。
「僕も考えてみたんだけれど、奏太にモノばかり買い与えるよりも、こういう知識や経験を与える方が、長期的には価値があるのかもしれないね」
「お父さん…」
奏太は父の変化を感じ取っていた。
「僕は子どもの頃、欲しいものを我慢させられることが多くて、それが嫌だった。だから奏太には同じ思いをさせたくないと思って、つい甘やかしてしまっていたんだ」
剛志は自分の気持ちを正直に話した。
「でも、本当に大切なのは、モノを与えることじゃなくて、将来に向けて自立できる力を身につけさせることだったんだね」
美智子は息子の成長を感じて、少し涙ぐんだ。
「剛志も大人になったのね」
沙織は家族の理解が得られたことに、深い感謝を覚えていた。
「これからも、家族でお金のことを話し合えたらいいわね」
「うん、僕ももっと勉強したい」
奏太は決意を新たにしていた。
「でも」
美智子が付け加えた。
「やっぱり基本は節約よ。無駄遣いは絶対にダメ」
家族は笑った。美智子らしい締めくくりだった。
「はい、それは絶対です」
沙織も同意した。
「節約で支出を抑えて、その分を投資に回す。これが基本ですね」
その日の夕方、奏太は自分の部屋で、改めて将来について考えていた。
「お金持ちになりたい」という漠然とした夢が、「お金について学び、家族の将来を支えられる大人になりたい」という具体的な目標に変わっていた。
窓の外では、梅雨明けの青空が広がっていた。
第6章 未来に向けて投資する
夏休みが始まって一週間、奏太は自由研究に没頭していた。テーマは「お金の価値と未来への投資」。
図書館で借りた本、インターネットで調べた最新情報、そして家族から学んだ実体験を組み合わせて、中学生なりの視点でまとめていった。
「奏太、順調?」
沙織が息子の部屋を覗いた。机の上には、手書きのグラフや図表が並んでいる。
「うん、でもまだ結論の部分がうまく書けなくて」
「どんな結論にしたいの?」
「お金っていうのは、ただ貯めるだけじゃなくて、未来のために使う方法もあるってことを書きたいんだけれど、うまく言葉にできないんだ」
沙織は息子の隣に座った。
「奏太の中で、この一ヶ月でお金に対する考え方は変わった?」
「うん、すごく変わった」
奏太は振り返ってみた。
「最初は、お金があれば何でも買えるから、お金持ちになりたいって思ってた。でも今は、お金の意味とか、使い方とか、増やし方を知ることの方が大切だって分かった」
「それは大きな変化ね」
「おばあちゃんの『貯金が大切』っていう考えも間違ってないし、お父さんが僕を大切に思ってくれる気持ちもすごく嬉しい。でも、お母さんが教えてくれた投資の話も、すごく勉強になった」
沙織は息子の成長を実感していた。
「みんなそれぞれ正しい部分があるのよね」
「そう。だから、僕の結論は『バランス』にしようと思うんだ」
「バランス?」
「節約も大切、貯金も大切、でも投資も大切。そして、一番大切なのは、お金について学び続けることだって」
沙織は息子の言葉に感動した。
「素晴らしい結論だと思うわ」
その夜の夕食時、奏太は家族に自分の考えをまとめて発表した。
「僕、自分のお小遣いの一部を、投資信託に投資してみたいんだ」
美智子が箸を止めた。
「奏太、まだ中学生でしょう?」
「でも、勉強の一環として。月千円とか、小さな金額から始めてみたいんだ」
剛志が興味深そうに聞いた。
「具体的にはどんなことを考えているの?」
「月のお小遣い5,000円のうち、1,000円を投資信託の積立に回してみたい。お母さんが買っているS&P500連動型のインデックスファンドと、全世界株式インデックスファンドを半分ずつ」
沙織は息子の提案に驚いた。しっかりと考えていることが分かった。
「ちゃんと計画を立てているのね」
「うん。でも、これは自分のお金の勉強のためで、確実に増えるとは思ってない。もしかしたら損するかもしれないけれど、それも勉強だと思う」
美智子は孫の真剣な姿勢に心を動かされた。
「奏太、あなたは本当に…」
「おばあちゃん、心配しないで。基本は節約と貯金。でも、その上で、少しだけ投資の勉強もしてみたいんだ」
剛志は息子の提案を前向きに捉えていた。
「いいじゃないか。ただし、条件がある」
「条件?」
「投資について、月に一回は家族に報告すること。成績が良いときも悪いときも、正直に話すこと」
「うん、分かった」
沙織が実務的な話を始めた。
「未成年の投資には親の同意が必要だから、お母さんが手続きを手伝うわ。ただし、新しいジュニアNISAの詳細がまだ発表されていないから、それを待ってからの方がいいかもしれないわね」
「新しいジュニアNISAって、いつ頃発表されるの?」
「政府の予定では、この夏の終わり頃には詳細が発表される予定よ。投資可能額の拡大や、使い勝手の改善が期待されているから、それを確認してから始めましょう」
美智子も最終的に同意した。
「分かったわ。でも、あくまでも勉強のためよ。お金にばかり気を取られるような人になっちゃダメよ」
「ありがとう、おばあちゃん」
その夜、奏太は自由研究の結論部分を書き上げた。
『お金の価値と未来への投資』
この研究を通して、僕はお金について多くのことを学びました。
まず、貯金の大切さです。祖母から教わった節約精神と貯金の習慣は、お金を管理する基本中の基本だと分かりました。無駄遣いをせず、必要なものと欲しいものを区別することは、とても重要です。
次に、お金の意味について考えました。お金は単なる数字ではなく、人々の努力や価値の交換手段です。だからこそ、大切に扱い、意味のある使い方をしなければなりません。
そして、投資について学びました。正しい知識を持って、長期的に続けることで、世界経済の成長とともに資産を増やしていくことができる可能性があります。ただし、リスクもあり、元本保証ではないことも理解しました。
最も大切なのは、お金について学び続けることです。経済の仕組み、投資の方法、制度の変化など、常に新しい知識を身につけていくことが必要です。
僕の結論は次の通りです。
「貯めることも大事。でも、どう使って、どう増やすかを学ぶことも、同じくらい大事だと思う。そして、お金に振り回されるのではなく、お金を道具として使いこなせる大人になりたい。」
これからも家族と一緒に、お金について学び続けていきたいと思います。
九月に入り、新学期が始まった。奏太の自由研究は学校でも注目され、文化祭で発表することになった。
そして、待ちに待った新しいジュニアNISAの詳細が政府から発表された。
投資可能額が年間百万円に拡大され、十八歳未満でも親の同意があれば投資を始められるようになったのだ。
「奏太、いよいよね」
沙織は息子に制度の詳細を説明した。
「ただし、もちろん投資は自己責任。この点は絶対に忘れてはいけません」
「分かってる」
奏太は自分の決意を新たにしていた。
十月のある日、奏太は人生初の投資信託を購入した。月1,000円という小さな金額だったが、彼にとっては大きな一歩だった。
教室の窓の外では、蝉だろうか、それとも秋の虫だろうか。季節の境目の音が、静かに響いていた。
奏太は自分の小さな一歩が、未来への種まきになることを信じていた。
エピローグ
それから一年が経った。
奏太の投資は、順調とは言えないまでも、貴重な学習経験となっていた。時には価格が下がって不安になることもあったが、家族との毎月の報告会で、長期投資の意味を改めて確認し合った。
美智子は相変わらず節約に励んでいたが、孫の投資話にも興味を示すようになった。
剛志は自分も少額から投資を始め、お金について息子と語り合うことを楽しんでいた。
沙織は静かな投資家として、家族の金融リテラシー向上を支え続けていた。
そして奏太は、高校受験を控えながらも、将来は経済学を学びたいという具体的な夢を持つようになっていた。
ある日、奏太は中学一年生の後輩から相談を受けた。
「先輩、お金について教えてください」
奏太は微笑んだ。
「まずは、お金の意味について考えてみよう。そして、家族と話し合うことから始めるといいよ」
風鈴の音が、また新しい季節の始まりを告げていた。
※この物語はフィクションですが、登場する金融商品や制度(2025年6月時点での新ジュニアNISAなど)は実在するものをモデルとしています。ただし、新ジュニアNISAの詳細については、執筆時点では未確定な部分があり、実際の制度とは異なる可能性があります。投資は元本保証があるものではなく、価格の変動や損失の可能性も伴います。最終的な投資判断は、十分な情報収集と検討の上、ご自身の責任でお願いいたします。また、投資に関する制度や税制は変更される可能性がありますので、最新の情報を確認することが重要です。
おわり
最後まで読んで頂いて有難うございました。
お願いがあります。
この小説は有料版のChatGPTを使用して執筆しています。
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短編小説|投資から地中へ
2025/5/25
「数字は嘘をつかない」と信じて生きてきた男がいた。地下鉄の窓に映る自分の姿と、見えない地中の世界を重ねる日々。そこで彼は、誰にも見えない「根」と「音」に出会う― ...