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短編小説|幸福をレンタルする

幸せは借りることができる。三万円で、五万円で、時には十万円で。

でも返却期限が来たとき、私たちの手に何が残るのだろう。

そして、本当の幸福とは一体何なのだろうか。


プロローグ:月曜日の朝に

満員電車の中で、岸本梨沙は小さくため息をついた。

三十二歳の朝は、いつも同じ匂いがする。隣の男性のコーヒーの香り、向かいに立つ女性の香水、そして自分自身の疲労の匂い。窓の外を流れる景色も、乗客たちの顔も、昨日と何一つ変わらない。

「今週、何を楽しみに生きればいいんだろう」

ふと、そんな言葉が頭に浮かんだ。我ながら情けない思考だと思いながらも、梨沙はスマートフォンを取り出した。いくつかのアプリを無意識に開いて閉じ、最終的にインスタグラムを開く。

検索履歴の一番上にある名前。

「カケル」

彼のアカウントを開くと、昨夜投稿された写真が目に飛び込んできた。鍛え抜かれた身体にぴったりとフィットしたシャツ、完璧にセットされた髪、そして人を惹きつける笑顔。写真の下には短いコメント。

『今週もお疲れ様でした。皆さんのおかげで、毎日が輝いています』

梨沙は画面を見つめながら、胸の奥で何かが温かくなるのを感じた。そして同時に、金曜日までの長い道のりを思った。

「彼に会える金曜まで、私はなんとか生きていける」

電車が駅に到着し、人波に押し流されるように梨沙は改札を抜けた。オフィス街の雑踏の中を歩きながら、彼女は週末の記憶を反芻していた。六本木のあの店で、カケルと過ごした三時間。それだけが、今の梨沙にとって確実に「幸せ」と呼べる時間だった。

第1章:3万円で買える安心

六本木のホストクラブ「EDEN」の扉を開けると、いつものように甘い香りと薄暗い照明が梨沙を迎えた。一年前、会社の同僚である佐藤に半ば強引に連れて来られたこの場所が、今では梨沙にとって第二の家のような存在になっていた。

「梨沙ちゃん、お疲れ様!」

カウンターの向こうから聞こえる声に、梨沙の心臓が小さく跳ねた。カケルが手を振りながら近づいてくる。二十五歳の彼は、この店でもトップクラスの人気を誇るホストだった。

「今日も一日、お疲れ様でした」

カケルが梨沙の隣に座ると、彼女の周りの空気が一変した。何の変哲もない平日の夜が、特別な時間に変わる瞬間だった。

「仕事、きつかった?」

カケルの問いかけに、梨沙は首を横に振った。実際は、上司の理不尽な要求に振り回され、後輩の尻拭いに追われた一日だったが、今この瞬間には些細なことのように思えた。

「カケルくんに会えると思うと、頑張れるから」

我ながら恥ずかしい台詞だと思いながらも、梨沙は正直な気持ちを口にした。カケルは優しく微笑み、彼女の肩に軽く手を置いた。

「梨沙ちゃんって、本当に癒し系だよね。俺、君といると素の自分でいられるんだ」

この言葉を聞くたびに、梨沙の心は満たされた。カケルにとって自分が特別な存在なのだと信じることができる、唯一の瞬間だった。

シャンパンを注いでもらいながら、梨沙は財布の中身を思い出していた。今月の出費は既に二十五万円を超えている。来月のクレジットカードの請求額を考えると胃が痛くなりそうだったが、カケルの笑顔を見ていると、そんな現実的な問題はどこか遠くに感じられた。

「梨沙ちゃんがいてくれるから、俺も頑張れるんだよ」

カケルの言葉に、梨沙は頬を赤らめた。この時間が終わってしまうことを考えるだけで胸が苦しくなったが、同時に、来週もまたここに来ることができるという安心感もあった。

三万円。それが今夜の会計だった。梨沙にとって決して安い金額ではなかったが、この三時間で得られる安心感と自己肯定感を思えば、むしろ安いくらいだと思った。

帰り道、夜風に当たりながら梨沙は考えていた。明日からまた現実の生活が始まる。無味乾燥な仕事、誰からも必要とされている実感のない日々。でも、金曜日にはまたカケルに会える。それだけで、今週も乗り切れる気がした。

アパートに帰り着くと、梨沙は家計簿を開いた。貯金残高は着実に減り続けている。このままでは年内にも底をつきそうだった。リボ払いの残高も増える一方だ。

「そう。でも梨沙はいい子だから、きっと素敵な人に出会えるわよ」と誰かが言っていた。愛情だって、優しさだって、自分の価値を認めてくれる人だって。全部、お金で買える。少なくとも、借りることはできる。

そして今の梨沙には、それで十分だった。いや、それしかなかった。

第2章:SNSに棲む他人の幸福

翌朝、目覚ましの音で起きた梨沙は、いつものようにスマートフォンを手に取った。まずはカケルのインスタグラム。新しい投稿はない。少し寂しい気持ちになりながら、他のSNSを確認し始める。

フェイスブックを開くと、大学時代の同級生の結婚報告が目に飛び込んできた。白いドレスに身を包んだ花嫁と、幸せそうに微笑む新郎の写真。コメント欄には「おめでとう」の文字が並んでいる。

梨沙は画面をスクロールしながら、胸の奥にちくりとした痛みを感じた。同い年の彼女が人生の新しいステージに進んでいる一方で、自分は何をしているのだろう。

会社に着くと、事務の田中が興奮した様子で話しかけてきた。

「梨沙さん、聞いてください!昨日、マッチングアプリで知り合った人とデートしたんです」

田中は五歳年下の後輩で、最近恋愛に積極的だった。彼女の話を聞きながら、梨沙は自分のマッチングアプリのことを思い出した。一週間前にメッセージを送った男性から、まだ返事が来ていない。既読はついているのに。

「どうだった?」

梨沙は努めて明るい声で尋ねた。

「すごく優しい人で、今度また会う約束をしたんです。梨沙さんも始めてみませんか?」

田中の提案に、梨沙は曖昧に微笑んだ。アプリを試したことはあったが、うまくいかなかった。メッセージのやり取りは続かず、実際に会えた相手とも特に発展はしなかった。それに比べて、カケルとの時間は確実で安定している。

昼休み、一人でコンビニ弁当を食べながら、梨沙は再びスマートフォンを開いた。インスタグラムには、高校時代の友人が家族旅行の写真を投稿している。夫と二人の子供との幸せそうな笑顔。

ツイッターには、別の知人が手作り料理の写真を載せている。「彼氏に作ってあげました♡」というコメント付きで。

梨沙は画面を閉じ、弁当の蓋を閉めた。食欲がなくなっていた。

夕方、実家の母から電話がかかってきた。

「梨沙、元気にしてる?最近連絡がないから心配してたのよ」

母の声は相変わらず優しかったが、梨沙には少し重く感じられた。

「元気よ、仕事が忙しくて」

「そう。でも無理しちゃダメよ。それより、いい人見つからないの?もう三十二歳なんだから」

母に悪気がないことはわかっていた。でも、その言葉が梨沙の心に小さな棘となって刺さった。

「まだいないの。そんなに簡単じゃないから」

「そうねぇ。でも梨沙はいい子だから、きっと素敵な人に出会えるわよ」

電話を切った後、梨沙は窓の外を見つめていた。街を歩く人々は皆、どこかに向かっている。恋人と手を繋いで歩くカップル、友達同士で笑い合うグループ、一人で歩いていても何かしらの目的を持っているように見える人たち。

自分だけが取り残されているような気分だった。

その時、スマートフォンにメッセージが届いた。カケルからだった。

『お疲れ様!今日も一日お疲れ様でした。明日も頑張って!』

たった一行のメッセージだったが、梨沙の心は一気に明るくなった。カケルは自分のことを思い出してくれている。それだけで今日一日の嫌な出来事が全て吹き飛んだような気がした。

梨沙は返信を打った。

『ありがとう!カケルくんも今日一日お疲れ様でした。金曜日に会えるのを楽しみにしています』

送信ボタンを押すと、心が軽やかになった。SNSに溢れる他人の幸福と比べて、自分には何もないと思っていたが、そうではなかった。自分にはカケルがいる。彼との特別な時間がある。

それは確かに、お金で買った時間かもしれない。でも少なくとも、確実に手に入る幸福だった。他の人たちのように、不確実な恋愛に悩む必要もない。フラれる心配も、裏切られる恐怖もない。

梨沙はホッとため息をついた。金曜日まで、あと二日。その時間さえ我慢すれば、また幸せになれる。

第3章:揺らぐ境界線

金曜日の夜、いつものようにEDENに向かう途中で、梨沙の心は躍っていた。今日は少し奮発して、新しいワンピースを着ている。カケルに褒めてもらえるかもしれないと思うと、足取りも軽やかになった。

店に入ると、カケルがいつもより明るい笑顔で迎えてくれた。

「梨沙ちゃん、そのワンピース素敵だね!すごく似合ってるよ」

期待していた言葉をかけられて、梨沙の頬は自然に緩んだ。

「ありがとう。カケルくんに会うから、ちょっと頑張ってみたの」

「俺のため?嬉しいなあ」

カケルは梨沙の隣に座り、いつものようにシャンパンを注いでくれた。でも今夜は何かが違った。彼の態度が、いつもより親密で、距離が近い気がした。

「実は梨沙ちゃんに話があるんだ」

カケルの真剣な表情に、梨沙の心臓が高鳴った。

「今度の休み、良かったら俺とプライベートで会わない?店の外で、普通にご飯食べたりさ」

梨沙の頭の中が真っ白になった。プライベート。店の外で。普通に。

「それって…営業じゃないの?」

思わず口に出してしまった言葉に、カケルは少し困ったような顔をした。

「営業って言われると寂しいなあ。俺、梨沙ちゃんのこと、本当に特別だと思ってるから」

特別。その言葉が梨沙の胸に深く響いた。今まで誰からも「特別」だと言われたことはなかった。平凡な容姿、平凡な仕事、平凡な人生。そんな自分を「特別」だと言ってくれる人がいる。

「本当に…いいの?」

「もちろんだよ。来週の日曜日、時間ある?」

梨沙は頷いた。もう何も考えられなかった。ただ、カケルと二人きりで過ごせるという事実に心が躍っていた。

その夜、梨沙は帰宅後も興奮して眠れなかった。プライベートで会う。それは何を意味するのだろう。もしかして、カケルは本気で自分に興味を持ってくれているのだろうか。

一週間が過ぎるのがこんなに長く感じられたことはなかった。仕事中も上の空で、田中に心配されるほどだった。でも梨沙の心は、来たる日曜日のことでいっぱいだった。

そして日曜日。梨沙は二時間かけて支度をした。髪型、メイク、服装、全てに時間をかけて、最高の自分を作り上げた。

待ち合わせ場所は表参道のカフェ。普通のカフェ。店ではない、普通の場所。それだけで梨沙は特別感を味わっていた。

カケルは時間通りに現れた。私服姿の彼は、店で見る時とは少し違って見えた。より親しみやすく、そして確かに魅力的だった。

「待った?」

「ううん、今来たところ」

実際は三十分も前から待っていたが、梨沙はそのことを言わなかった。

カフェでの会話は、店でのものとは明らかに違っていた。カケルは自分の家族のこと、趣味のこと、将来の夢について話してくれた。梨沙も自分の仕事や趣味について、普段は話さないような深い部分まで話した。

「梨沙ちゃんって、本当に話しやすいよね。こんなにリラックスして話せる人、なかなかいないよ」

カケルの言葉に、梨沙の心は舞い上がった。これは営業トークではない。本当の彼の気持ちなのだ。

二時間ほど話した後、二人はカフェを出た。別れ際、カケルが言った。

「今日は本当に楽しかった。また今度、一緒に出かけない?」

梨沙は頷いた。もう疑う余地はなかった。カケルは自分に本気なのだ。

しかし、その確信は数秒後に粉々に砕け散った。

カフェから出て角を曲がったところで、梨沙は足を止めた。カケルが女性と話しているのが見えたのだ。その女性は明らかに美人で、ブランド物のバッグを持ち、全身から上品さが滲み出ていた。

そして梨沙は聞いてしまった。カケルがその女性を呼ぶ声を。

「姫、お待たせしました」

姫。梨沙は知っていた。ホストクラブにおいて、「姫」という呼び方は最上級の敬意を表す言葉だ。そして、それは営業でしか使われない言葉だった。

梨沙の足が動かなくなった。胸が苦しくて、呼吸が浅くなった。カケルと美女は、親密そうに話しながら歩いて行く。その後ろ姿を見つめながら、梨沙は自分がどれほど愚かだったかを思い知った。

プライベートでも、特別でも、何でもなかった。全部、彼の仕事だった。そして自分は、その仕事の一部に過ぎなかった。

第4章:レンタル幸福の正体

梨沙はその場に立ち尽くしていた。人通りの多い表参道で、一人だけ時が止まったように。

足が重い。歩こうとしても、一歩踏み出すのに大きな努力が必要だった。通り過ぎる人々の会話や笑い声が、まるで遠くから聞こえてくるようだった。

電車の中でも、梨沙は窓の外をぼんやりと見つめていた。車窓に映る自分の顔は、どこか他人のように見えた。三十二歳の女性が、ホストに本気で恋をして、そして裏切られた。客観的に見れば、それはありふれた、予想できた結末だった。

でも当事者になってみると、こんなにも胸が痛いものなのだと、初めて知った。

アパートに帰り着くと、梨沙は玄関で崩れ落ちた。涙が止まらなかった。悔しさ、恥ずかしさ、そして何より、自分自身への怒りが込み上げてきた。

「私は何をしていたんだろう」

声に出して呟くと、その言葉が部屋に虚しく響いた。

洗面台の鏡を見ると、メイクが崩れた自分の顔があった。二時間かけて作り上げた「最高の自分」は、もう跡形もなかった。

「彼の時間を買っていただけだった」

梨沙は鏡の中の自分に向かって言った。

「私は幸福をレンタルしていただけだった」

どれだけカケルが笑ってくれても、褒めてくれても、特別だと言ってくれても、それは全部彼の「仕事」だった。梨沙が支払った金額に対する、適切な対価として提供されたサービスに過ぎなかった。

そして、それを望んだのは自分自身だった。

「でも、それでも良かったのかもしれない」

梨沙は鏡の中の自分に向かって、苦笑いを浮かべた。

「少なくとも、あの時間は幸せだった。それが偽物だったとしても、その瞬間の私は確かに幸せだった」

現実の恋愛は複雑で、不安定で、不確実だ。相手の気持ちがわからず、自分の気持ちも揺れ動く。フラれるかもしれない恐怖に怯え、相手の言動に一喜一憂する。

でも、お金で買った幸福は違う。確実で、安定していて、自分が望む分だけ手に入れることができる。相手に振り回されることもない。

ただし、それには期限がある。レンタルした幸福は、必ず返却しなければならない。そして返却した後に残るのは、現実の自分だけだった。

梨沙は財布を開いて、クレジットカードを取り出した。利用明細を見ると、この一年間でホストクラブに使った金額は三百万円を超えていた。それだけの金額で、どれだけの「幸福」をレンタルしたのだろう。

でも今、手元に残っているものは何だろう。カケルとの思い出?それらは全て、お金で買ったものだった。彼の笑顔も、優しい言葉も、特別扱いも、全部が商品だった。

「私は自分で自分を騙していた」

梨沙は小さくつぶやいた。

カケルは悪くない。彼は仕事をしていただけだ。客が求めるサービスを、プロとして提供していただけだ。悪いのは、それを愛情だと勘違いした自分だった。

梨沙はスマートフォンを手に取り、カケルとのLINEのやり取りを見返した。「お疲れ様」「今日も素敵ですね」「また会えるのを楽しみにしています」。どれも決まり文句のように見えた。今まではこれらの言葉に救われていたのに、今は空虚にしか感じられなかった。

窓の外では、夜が更けていた。街の明かりが、まるで星のように瞬いている。あの明かりの下で、今夜も誰かが恋をして、誰かが失恋している。誰かが幸せになって、誰かが傷ついている。

そして誰かが、梨沙と同じように、お金で幸福をレンタルしている。

梨沙は深いため息をついた。明日からどうすればいいのだろう。カケルに会いに行くのをやめるのか。それとも、今日のことは忘れて、また元の関係に戻るのか。

でも、もう戻ることはできないような気がした。一度気づいてしまった真実を、再び見えないふりをすることはできない。

梨沙は部屋の電気を消し、ベッドに横になった。真っ暗な部屋の中で、彼女は天井を見つめていた。

明日は月曜日。また新しい一週間が始まる。カケルに会えない一週間が。

でも今度は、その一週間を金曜日まで我慢する必要はないのかもしれない。なぜなら、金曜日に待っているものが何なのか、もうわかってしまったから。

梨沙は目を閉じた。涙はもう出なかった。ただ、心の奥に重い塊があるような感覚だけが残っていた。

それでも、眠らなければならない。明日はきっと来る。そして、新しい自分を探さなければならない。お金で買えない、本当の自分を。

第5章:お金のない幸福

月曜日の朝は、いつもと違っていた。目覚ましの音で起きた梨沙は、習慣的にスマートフォンを手に取ったが、カケルのインスタグラムを開くことはなかった。代わりに、天気予報を確認して、ニュースをさらりと読んだ。

会社での仕事も、いつもと変わらなかった。上司からの無理な要求、同僚との他愛ない会話、終わりの見えない資料作成。でも、金曜日を楽しみに待つ気持ちがない分、時間の感じ方が違った。一日一日が、単独で存在している感覚だった。

火曜日、水曜日、木曜日。梨沙は淡々と日々を過ごした。カケルからのメッセージにも返信しなかった。「体調でも悪いの?」という心配そうなメッセージが来たが、それにも答えなかった。

そして金曜日。いつもならEDENに向かう時間になっても、梨沙は家にいた。テレビを見ながらコンビニ弁当を食べて、特に何をするでもなく過ごしていた。

土曜日の午後、梨沙は久しぶりに外に出た。特に目的はなかったが、部屋にいるのが息苦しくなったのだ。近所を散歩していると、クレジットカードの利用停止通知がスマートフォンに届いた。

限度額に達したのだ。

梨沙は小さく笑った。皮肉なことに、お金がなくなったことで、ようやく自由になれたような気がした。もうカケルに会いに行くことはできない。物理的に不可能になったのだ。

コンビニエンスストアの前にあるベンチに座って、梨沙は財布の中身を確認した。現金は三千円ほどしかない。来週の給料日まで、これで過ごさなければならない。

「ねえ、ここ座っていい?」

突然、子供の声がした。振り返ると、小学校低学年ぐらいの男の子が立っていた。人懐っこそうな顔をして、手には本を持っている。

「もちろん」

梨沙は詰めて座り直した。男の子は梨沙の隣に座ると、本を開いた。

「お母さん、夜勤明けで寝てるから、静かにしてなくちゃいけないんだ」

男の子は説明した。

「そうなんだ。大変だね」

「でも慣れてるよ。本読んでると時間過ぎるし」

男の子は本のページをめくりながら答えた。その横顔を見ていると、梨沙は不思議な気持ちになった。この子は一人でいることを寂しがっている様子もなく、むしろ充実して見えた。

「面白い本?」

梨沙が尋ねると、男の子は嬉しそうに顔を上げた。

「うん!これ、恐竜の本。ティラノサウルスって、実は羽毛が生えてたんだって」

男の子は目を輝かせながら話し始めた。恐竜の話、宇宙の話、学校での出来事。梨沙は相槌を打ちながら聞いていた。特に深い会話をしているわけでもないのに、なぜか心が軽くなっていくのを感じた。

「お姉さん、なんか悲しそうだったから、大丈夫かなって思ったんだ」

男の子が不意に言った。

「悲しそうに見えた?」

「うん。でも今は大丈夫そう」

梨沙は驚いた。自分でも気づかないうちに、確かに気持ちが軽くなっていた。この子との他愛ない会話が、カケルとの高価な時間よりも、自然に心を癒してくれていた。

「ありがとう。本当に、大丈夫になった気がする」

梨沙が言うと、男の子は満足そうに微笑んだ。

「良かった。僕、お母さんが疲れてる時も、話聞いてあげるんだ。話聞いてもらうと、みんな元気になるよね」

その言葉に、梨沙は胸が熱くなった。この子は何の見返りも求めずに、ただ人を元気にしたいと思っている。そして実際に、梨沙の心を軽くしてくれた。

「お母さん、起きたかもしれないから、帰る」

男の子は本を閉じて立ち上がった。

「また会えるかな?」

「多分。僕、よくここにいるから」

男の子は手を振って去って行った。梨沙は一人ベンチに残されたが、孤独感はなかった。代わりに、温かい何かが胸の奥にあった。

誰かと素で話すことが、こんなに安らぐものだったとは。梨沙は久しぶりに、純粋な笑顔を浮かべた。

カケルとの時間は確かに楽しかった。でも、それは梨沙が演じる「客」としての自分と、彼が演じる「ホスト」としての役割の間での会話だった。今日の男の子との会話は違った。何の役割もなく、何の代償もなく、ただ人として話しただけだった。

そして、それが一番自然で、一番安らげる時間だったのだ。

梨沙は立ち上がって歩き始めた。お金はないけれど、今日は豊かな気持ちだった。小さな気づきだったが、確実に何かが変わり始めているような気がした。

第6章:リセットではなく、やり直す

日曜日の夜、梨沙は長い間悩んだ末に、カケルにメッセージを打った。

『今までありがとうございました。本当に楽しい時間を過ごすことができました。でも、これからは自分で幸せを探してみようと思います。今までお世話になりました』

送信ボタンを押すのに、十分ほどかかった。何度も文面を変え、削除し、また書き直した。でも最終的に、素直な気持ちを書くことにした。

返信は来なかった。既読もつかなかった。

梨沙は少し寂しい気持ちになったが、同時にほっとした。これで本当に、カケルとの関係に終止符を打つことができた。

翌日、月曜日の朝。梨沙は久しぶりに早起きした。コンビニ弁当ではなく、自分で朝食を作った。卵焼きとサラダという簡単なものだったが、自分で作った食事を食べるのは久しぶりだった。

会社に向かう電車の中で、梨沙は窓の外を見ていた。いつもの景色なのに、なぜか新鮮に見えた。雲の形、街の色、通り過ぎる人々の表情。全てが以前より鮮明に感じられた。

仕事も、いつもより集中して取り組むことができた。金曜日を楽しみに待つ必要がないからか、一日一日を丁寧に過ごせるようになった気がした。

昼休み、一人でお弁当を食べていると、田中が話しかけてきた。

「梨沙さん、なんか最近雰囲気変わりましたね。なんというか、落ち着いてる感じがします」

「そう?自分ではよくわからないけど」

「前はなんとなく、いつもそわそわしてる感じがしたんです。でも今は穏やかというか」

田中の言葉に、梨沙は考えた。確かに以前の自分は、いつも何かに追われているような感覚があった。金曜日までを我慢して、金曜日の夜だけを生きがいにしていた。でも今は違う。今日という日を、今この瞬間を、ちゃんと生きている感覚があった。

夕方、会社を出ると、梨沙は少し遠回りして帰ることにした。以前はまっすぐ家に帰り、カケルからのメッセージを待っていたが、今はそんな必要もない。街を歩きながら、小さな発見を楽しんだ。新しくできた花屋、猫が日向ぼっこをしている風景、夕日に照らされた建物の美しさ。

コンビニエンスストアの前を通りかかると、例の男の子がまたベンチに座っていた。今度は宿題をしているようだった。

「こんにちは」

梨沙が声をかけると、男の子は顔を上げて笑った。

「あ、お姉さん!今日は元気そうだね」

「おかげさまで。宿題?」

「うん、算数。ちょっと難しいんだ」

梨沙は男の子の隣に座った。宿題を見ると、分数の計算だった。

「どこがわからない?」

梨沙が尋ねると、男の子は困った顔をした。

「分数の割り算がよくわからないんだ」

梨沙は紙に図を書いて、分数の割り算について説明した。男の子は真剣に聞いて、だんだん理解してくれた。

「わかった!ありがとう、お姉さん」

男の子の嬉しそうな顔を見て、梨沙も嬉しくなった。誰かの役に立てたという実感。それは、お金を払って得る満足感とは全く違うものだった。

「お姉さんって、先生?」

「ううん、普通の会社員よ」

「でも教えるの上手だね。僕の担任の先生より分かりやすかった」

男の子の純粋な褒め言葉に、梨沙の胸が温かくなった。カケルからもらった褒め言葉とは違って、この言葉には見返りを求める気持ちが一切含まれていなかった。

「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しい」

男の子は宿題を終えて帰って行った。梨沙は一人ベンチに残ったが、満足感で満たされていた。

家に帰ると、梨沙は家計簿を開いた。ホストクラブに通わなくなってから、支出が大幅に減っていた。このままいけば、来月からは少しずつでも貯金ができそうだった。

でも、お金よりも大切なものを手に入れた気がした。自分で作った小さな幸せ。誰かとの自然な触れ合い。役に立てたという実感。これらは全て、お金では買えないものだった。

梨沙は心の中でつぶやいた。

「私は今日、自分の時間を自分でつくった。そして、少しだけ幸福だった」

カケルからの返信は、結局来なかった。でも、それでいいと思った。彼とのその後も、もう気にならなかった。大切なのは、これから自分がどう生きていくかだった。

梨沙は明日の予定を考えた。仕事を頑張って、帰りに本屋に寄って、数学の参考書を見てみようかな。あの男の子にもっと分かりやすく教えてあげられるかもしれない。

小さな目標だったが、それは確実に自分のものだった。誰からもらうのでもなく、お金で買うのでもなく、自分で作り上げる幸せだった。

エピローグ:幸福は"体験"ではなく"気づき"

三ヶ月後の春。

梨沙の生活は、劇的に変わったわけではなかった。相変わらず同じ会社で同じ仕事をしているし、特別な恋人ができたわけでもない。でも、日々の過ごし方は確実に変わっていた。

週末は公園を散歩したり、図書館に通ったりするようになった。SNSは大部分をやめて、代わりに読書に時間を使うようになった。コンビニの前のベンチで男の子に勉強を教えることも、週に一度の楽しみになっていた。

あの男の子の名前は太郎君だと知った。お母さんは看護師で、夜勤が多いため、太郎君は一人で過ごす時間が長かった。でも彼は決して寂しがっているわけではなく、むしろその時間を有効活用していた。本を読み、宿題をし、近所の人たちと自然に交流していた。

太郎君から学ぶことは多かった。幸せは特別な場所や特別な人との時間に限られるものではない、ということ。日常の中にある小さな喜びに気づく能力こそが、本当の幸福なのだということ。

梨沙の貯金残高も、少しずつ回復していた。ホストクラブに使っていた月二十万円が浮いたことで、経済的な余裕も生まれた。でも、そのお金で贅沢をしようとは思わなかった。代わりに、太郎君のために参考書を買ったり、母への贈り物を買ったりした。誰かのためにお金を使うことが、こんなに満足感をもたらすものだとは知らなかった。

ある日、梨沙は偶然カケルのインスタグラムを見てしまった。新しい写真が投稿されている。相変わらず華やかで、魅力的で、たくさんの「いいね」がついていた。

でも、梨沙の心には何の波も立たなかった。懐かしいとも、恋しいとも思わなかった。ただ、「彼は彼の人生を生きているんだな」と思っただけだった。

あの頃の自分は、カケルに依存することで自分の価値を確認しようとしていた。誰かに特別扱いされることで、自分が価値ある人間だと信じようとしていた。でも今は違う。太郎君の宿題を教えているとき、図書館で本を読んでいるとき、公園を散歩しているとき、梨沙は確実に自分の価値を感じることができた。

それは派手な幸福ではなかった。誰かに自慢できるような華やかさもなかった。でも、確実に自分のものだった。誰にも奪われることのない、本物の満足感だった。

太郎君が中学受験の準備を始めると言ったとき、梨沙は勉強を教える楽しさを発見した。そして、週末に近所の子供たちに無料で勉強を教えるボランティアを始めることにした。

それは新しい挑戦だった。でも、怖くはなかった。失敗しても誰かに迷惑をかけるわけではないし、成功すれば誰かの役に立てる。結果がどうであれ、挑戦すること自体に意味があると思えた。

夕暮れの公園のベンチに座って、梨沙は空を見上げた。雲がゆっくりと形を変えながら流れている。以前の自分なら、こんな時間を「つまらない」と感じただろう。でも今は違う。この静かな時間の中にこそ、本当の豊かさがあると感じられた。

梨沙は小さくつぶやいた。

「幸福は、借りることができる。でも、返した後に残るものこそが本物だ」

レンタルした幸福は確かに楽しかった。でも期限があり、お金がかかり、そして何より、自分のものではなかった。今手にしている幸福は小さいかもしれないが、確実に自分で作り上げたものだった。

太郎君がやってきて、今日も元気よく話しかけてきた。

「お姉さん、今日はどんな問題教えてくれる?」

梨沙は笑顔で答えた。

「今日は特別な問題があるのよ。人生で一番大切なことって何かわかる?」

太郎君は首をかしげた。

「お金?」

「お金も大切ね。でも、もっと大切なものがあるの。それは、自分で幸せを見つける力なのよ」

太郎君は真剣な顔で聞いていた。

「自分で見つけるって、どうやって?」

「今、太郎君が私と話してて楽しいって思えてるでしょ?それよ。誰かからもらうんじゃなくて、自分の心で感じる幸せ」

太郎君は納得したように頷いた。

梨沙は空を見上げた。雲の形が、笑顔のように見えた。きっと太郎君にも見えているだろう。同じ空を見て、同じ雲を見て、それぞれが自分なりの幸せを感じている。

それが、本当の幸福なのかもしれない。

おわり


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